見事に復讐をやり遂げ、血まみれの死体に変えるがいい
「ああ、そう」
僕は軽く頷き、わざとらしく尻餅ついてる中華夫婦を見た……いや、二人とも日本人だけど。
「ところで、僕はダニーから君のだいたいの事情を聞いたんだ。気持ちはわかるけど、君はあの二人を殺す気かな」
「そうよっ」
おお、言い切ったぞ。
「ママはあの二人に殺されたも同然なんだからっ。ぜったい、ぜーーーったいに許さないっ」
動けない野次馬がざわめき、そして中華夫婦のうち、まんまるなおばさんが「あんたはっ」と怒鳴りかけたので、僕はその場で命じた「許可なく、話さないように」と。
もちろん、真紅に染まった瞳をざっと周囲に向けた後で。
「そ、そんな目、別にこわくないもんっ」
なかなか可愛い顔立ちなのに、慌てて目を逸らした幼女が叫ぶ。
だいぶ根性のある子だ。
「別に邪眼以外にも、邪魔する方法はいくらでもあるんだけど……君、勘違いしているよ、ニーナ・クラギーナ」
「……えっ」
幼女が初めて反応した。
僕を見上げ、「にーなって、たまに夢で見る、平凡そうな外人おばさん?」などと訊く。
「彼女の実績はとても平凡には遠いけど、多分当たりだ。君は転生なんだよ、その人の。夢で見るのも、過去世が蘇りつつあるからだろう」
「て、転生って……」
自分のことなのに、まだ信じ難いのか、幼女ニーナは薄い眉をひそめる。
「それはともかくっ。じゃまはしないで! 鼻血なんか後でふけば、へーきだもんっ」
「いや、僕は邪魔なんかしない。ただ……ささやかな忠告と、それから君の復讐をやりやすくしたいだけだ」
言うなり僕は、動けなくて脂汗かいている野次馬達に尋ねた。
「これだけ人数いれば、一人くらいナイフとか持ってる人いません? いたら手を上げて」
おお、尋ねてみるもんだな。
ひょろっとした若者一人が、嫌そうに手を上げたじゃないか。
「よろしい。君、こっち来て僕にそのナイフ貸してくれないかな」
返事はなかったが、本人は汗まみれの顔で立ち上がり、ゆっくりとこちらへ来る。
薄いパーカーの下に、チェ・ゲバラのTシャツなど着込んでいる、なかなか反骨の人だった。まあ、体格はとても喧嘩に向かなそうだけど……僕と同じで。
「ありがとう」
(抗議したいのに声が出ないのか)口をパクパクさせたその人から飛び出しナイフを受け取り、僕は低頭した。
「元の場所に戻って、待機してください。ちなみに、このナイフは返しません」
「レイ君、どういうつもりなのっ」
む……なぜか先生の呼び方が、ノーラと似てきて、僕は注意しそうになった……でもまあ、影踏みさんよりマシかもしれない。
そう思い、辛うじて堪える。
ダニーもなにか言いたそうだが、僕は無視してニーナに近付いた。
「来ないでっ」
「これを渡すだけだって」
ナイフの柄の部分を向けて、差し出す。
「え、ええっ」
「……どうせなら、コレで刺しなよ。これなら、他へ迷惑もかからない」
僕はしれっと言ってやった。
「PKでなにかぶつけて撲殺するより、よほど正しい復讐の仕方だと思うけど。それに、人を殺す覚悟があるなら、せめて肉にナイフが刺さる感触くらい、覚えておいた方がいい」
僕は大真面目に言ってやった。
「この先、誰があのおばさん達を殺したのか、決して忘れないように」
「レイ君っ」
「マスター、どういう」
「静かに!」
僕は振り向きもせずに声に出した。
今のは邪眼を使ったわけじゃないので、もちろんまだ邪魔はできたはずだが、なぜか二人とも素直に黙り込んだ。
僕としては有り難かったけど。
「ほらっ」
僕は重ねて言い募り、ナイフを彼女の眼前に差し出す。
「とりあえず、切れ味に過不足ないから、喉でも狙って掻き切れば、一発だ。周囲は気にするな。僕が結界を解除しない限り、どこからも邪魔は入らないよ」
ニーナの後ろの方で、中華のおばさんが新聞紙みたいな顔色になったが、僕は一顧だにしない。殺される正統な理由とは言わないが、あの人は確かに、恨まれるような言い方をした。
ある意味、あの人が選択した結果がこれなのだ。
「人間が人間を殺そうっていうんだ、お手軽にやるべきじゃないと思うね。あの夫婦の目にも、きっちり焼き付けておくといい。君が、君こそが、二人を殺した犯人だと」
「ちゃ、ちゃんとした理由があるもんっ」
「ちゃんとした理由かどうかは、あくまで君の判断だけどね」
肩をすくめ、言ってやる。
「でも、彼らが死に値するというのが君の考えなら、僕は別にその考えを否定しない。見事に復讐をやり遂げ、血まみれの死体に変えるがいい」
「で、できるわよっ。馬鹿にしないで!」
幼女は真っ赤になって、僕からナイフをもぎ取った。
ただし、少し手が震えていたけど。