幼女版ニーナ、暴れる
などと僕が思案した途端、スマホが振動した。
そばに置いてあったスマホを見やり、僕は顔をしかめる。あまりのタイミングのよさに、なにかこう、予感が生じたのだ。
「もしもし……?」
電話に出ると、案の定だった。
お相手は、この万年ガラ空きカフェ、「アヴァロン」の所有者である。
『レイ君を愛する女よ。さあ、誰でしょう?』
……いや、誰でしょうじゃないだろう。
「ノーラさんでしょ? どうしました、こんな時間に」
彼女はほぼ完璧な日本語を話せるが、僕の名を呼ぶ時だけ、少し独特の訛りがある。まあ、わざとかもしれないが。
『そんなことより、こういう時は「僕も愛しているとも、ノーラっ」と返事してくれなきゃ』
たわけた物言いに頭が痛くなったが、電話を切るわけにもいかない。
なにしろたった今、この人の力を借りる可能性が出て来たところだ。
「ヤケにタイミングいいですが、なにか予感でもありましたか?」
息を詰めるようにしてこっちを見つめている皆に肩をすくめ、僕は尋ねてみる。
予想通り、『そりゃ私は大魔法使いですからね』と当たり前のような声音で言った。
ちなみにノーラさんは、魔女と言われるのは嫌いらしく、魔法使いと呼んでもらいたがる。魔女という呼称は、前世で人々に目の敵にされた嫌な記憶を刺激されるそうで。
どこまで本当か知らないが、僕はしばしば「魔女」と言いかけてしまうので、注意が必要だろう。
「魔女」の方が、まだしも一般的だと思っているからだが。
『お礼は、「ノーラさん、愛してるっ」という言葉だけでいいわ』
ふざけている調子ではなく、大真面目な声なのが嫌だ。
「まだ何も頼んでませんけど?」
『うふふ……でも先々で頼みごとができると思っているでしょう? その予想は当たるわよ、ええ。楽しみにしているわ』
「しかし――」
『あ、それと』
人の話を聞かずに、ノーラさんが割り込む。
『できれば、急いだ方がいいわね。多分、そこにいるダニー君の思うようなことにはなってないから』
予言のようなセリフと共に、ガチャ切りされた。
全く、相変わらずなんでも知ってて……しかも、思わせぶりな人だ。
しかも、言う通りにしないと、たいがいロクなことにならないからな……。
「養母のノーラさんですよ」
皆に教えてやり、彼女の言葉も伝えてやった。
「……というわけで、どうやら急いだ方がいいようです」
「約束の時間には、まだ間がありますが、じゃあ早めに出ますか」
早速ダニーが立ち上がったが、先生が興味深そうに僕を見た。
「養母さんって、ここの結界を作った、本物の魔女だとかいう方? やっぱり、ツバの広い黒いトンガリ帽子被って、杖持ったりしてるのかしら?」
なんだその、ゲームに出て来そうなテンプレ魔法使いは。
「魔女じゃなくて、大魔法使いと言わないと、彼女の機嫌を損ねますよ。ちなみに、ノーラさんの外見は僕と同じくらいの年に見えるし、黒い帽子なんか被りません」
言うなり、僕はまじまじと目を見開いた先生を無視し、カウンターを出てホームズ氏に頼んだ。
「申し訳ないですが、また留守番をお願いします」
「うむ。気を付けて行きたまえ」
鷹揚に頷く彼に低頭して、僕はダニーと店を出た。
……というか、当たり前のような顔で先生もついてきたが。
ダニーはいい顔をしなかったが、先生が僕に「わたしも一緒にいっていいでしょ?」と尋ねたので、僕は「まあいいですけど」と答えてしまった。
「マスター!」
「いや、大人がいた方がいいかもしれないじゃないか。なにか面倒ごとが起きた時にさ。それに、相手はまだ子供だし」
「……いやぁ、あの子はかなり冷静だと思いますけどね」
ダニーはそう述べたが、それ以上は文句つけてこなかった。
僕らは前と同じく夜道を黙々と急ぎ、問題の中華料理屋へ向かったが。
……あと数分で到着というところで、ドーンッというなかなかずしんと来る破壊音がした。
期せずして、僕ら三人の足が止まる。
「今の聞こえた?」
「聞こえましたとも」
僕は渋々頷いた。
「もちろん、気のせいかもですが、なぜか僕らが向かう方から聞こえた気も――」
あいまいに指摘しかけた瞬間、今度はバンバンッという、なにか大きな物が転がるような音がして、沈黙していたダニーがいきなり走り出した。
「うわぁ」
僕も嫌々ながら後に続く。
今更遅い気がするので、別に全力疾走などしなかったが。
「ま、まさか、ニーナ・クラギーナの幼女が暴れてる――とか!?」
「かなりの確率で正解です」
僕は短く答えた。
幼女版ニーナは、どうやらダニーとの約束など、反故にしたらしい。
あるいは、最初から時間稼ぎに過ぎず、守る気はなかったのかも。