中坊がコーヒー噴いた
その夜はかなり先生と協議を重ねた気がする。
いや、主に僕が先生を呼ぶ呼び方について。
呼び捨てもちゃん付けも抵抗あるのだが、しかしそう言えば外で「先生」などと呼ぶのもまずいのかもしれない。
なぜなら早速、先生が、「そうと決まればデートよ」と言い出したからだ。
なにが「そうと決まれば」なのか謎だが、元々試しに付き合ってみる……という部分を承知したのは僕だしな。
店では先生と呼ぶように無理にも納得してもらったが、外ではそうちゃん付けで呼ぶ他はないらしい。
まあ、そんな僕の個人事情を置いて、その翌々日、金曜日の晩にダニーがまた店へやってきた。
常連とはいえ、そこまで頻繁に来る奴じゃないので驚いたが、カウンターに着くなり、「問題の相手を突き止めましたよっ」と胸を反らして報告してくれた。
……ああ、あの話か。
既に都合よく思い出さないようにしていたが、そりゃ指摘されたらきっちり思い出す。
「あぁー、話でもしたかな?」
「ほんの少しだけ」
両腕を広げた。
「養護施設を見張ってると、怪しい子がいたんです。休み時間だったかな? 運動場みたいなところで子供達がドッチボールしてる時、一人だけ遊ばないで、ブランコに腰掛けている子がいましてね。自然と向こうもこっちに気付き――目が合った瞬間に悟りました。ああ、彼女が問題の人物だと。まだ十歳にもなってませんでしたが」
突っ込みどころ満載の話だったが、早速にして先生が突っ込んだ。
「施設を見張っててって……学校はどうしたの?」
「それは、貴女に関係ないですし」
生意気な中坊ダニーは、きっぱりと言い放った。
先生はむっとして言い返そうとしたが、素早く僕が止めた。
「この店は争い禁止ですよ、先生。本格的な喧嘩をしようものなら、店の趣旨に賛同いただけなかったということで、出入り禁止です」
「わたしだけ言わなくてもー」
「大丈夫、依怙贔屓はしません。本当に喧嘩になったら、ダニーと二人で出入り禁止ですから」
『えーーーっ』
仲良く声が重なって、僕は苦笑した。
その時、今宵も開店二分後から来てたホームズ氏が穏やかに尋ねた。
「割り込んで申し訳ないが、その子は誰かの転生さんかな?」
ダニーが沈黙してたので、代わりに僕がお答えした。
「そう、彼女もまた、転生者でしょうね。多分、ソビエト時代の有名超能力者、ニーナ・クラギーナじゃないかと」
「わ、わっ。ニーナ・クラギーナ!」
なぜか先生が声を張り上げた。
「PKと心臓止めるので有名な人ねっ」
「……またもの凄い記憶の仕方ですけど……まあ、当たっている部分もありますか。しかし、先生は中途半端にお詳しいですね」
「わたし、こういうの大好きなのっ」
先生が艶然と微笑む。
好奇心で目がきらきらしていた。ダニーと相性悪いはずだ。
「心臓止めるというか……カエルの心臓を止める実験は確かにありましたね。そして、実験をサポートした某博士の心臓も、博士本人の要望で止めようと試みたことがあるそうです……もちろん手加減はしましたが、その博士の心臓は実際に停止寸前の状態までいったとか」
「じゃあ、最後にマスターが心臓押さえていたのは、その攻撃ですかっ」
「多分。まあ、僕は直感でニーナ・クラギーナだとぱっと思い浮かんだけど、もちろん外れている可能性もあるね」
だいたい、本物のニーナ・クラギーナと言えども、あの夜に見た騒ぎを起こせるほどの能力はない。
彼女は近世の能力者だけに、昔の動画だってYouTubeにアップロードされているが、PKは本物としても、そこまで巨大じゃない。
とても、自動販売機を投げつけるのなんか無理だ。
「……でも、ダニーと同じかもだな。転生したことで、力も進化している可能性がある。明らかにパワーアップしているのかも」
「そこで、第二次遠征ですよ」
なぜかダニーがニヤッと笑った。
「僕、彼女と約束を取り付けたんです。今夜会うって」
「どうやって!?」
先生が尋ねたが、中坊は澄まして言った。
「それは、参加する人だけにお教えします」
「じゃあ、わたしは影踏みさんと参加するものっ」
すかさず先生が自己主張した。
「だいたいわたし達、付き合っているんだからっ」
途端に、ホームズ氏がパイプを口から離して眉を上げ、そして中坊がコーヒー噴いた。
……なにも、バラさなくても。