呼び捨て嫌なら、歩夢(あゆむ)ちゃんで
「あぁ、そうですね……ちゃんと覚えています、ええ」
僕はついに降参し、カウンターの内側で専用の椅子に座った。
真面目に先生と向き合い、まず説明する。
「僕が真性のモンスターであることを見せれば、そのうち先生の方が諦めるかもと思いました」
「わたしは気にしてないわっ。出かけた先でも、驚きはしたけど、忌避しなかったでしょ?」
懸命に言う先生である。
こうなると僕も、真面目に答える他ない。
「正直なところを申し上げると――」
とそこで気付き、僕はまず入り口の戸締まりをしにいった。
ただでさえ、謎の魔法選別で選ばれた者しかたどり着けないカフェだが、気まぐれに常連が来ても困る。
「これでよし」
また元の席に戻る、先生を見つめた。
「前にもちらっと言ったかもしれませんが、僕は気にいらない女性はいても、好きな女性となると、ほぼ覚えがありません。せいぜい身内くらいです。あ、それと女性の常連さんは、少なくともみんなお気に入りではありますね。つまり!」
じれったそうな顔の先生に、僕は今現在の正直な気持ちを伝えた。
「だから、今のところ先生のことも、好きなのかどうか、自信を持ってはっきり言えない。確実にお伝えできるのは、『少なくとも、嫌いじゃないですよ』という、中途半端な感情だけです。これが本当に、今の飾らない僕の気持ちです」
「……そうなの……うん、そうよね……」
心配していたほど落ち込みはしなかったが、それでも先生はしばらく俯いていた。
僕もこれ以上どう言えばいいかわからず、やむなく新たにコーヒーを淹れ直してあげた。サービスして、豆はブルーマウンテンだ。
「どうぞ」
「あ、ありがとう」
カップを中身ごと取り替えると、先生は礼を述べて一口飲み、それから思い切ったように僕を見る。
「でも、嫌われているわけじゃないのよね?」
「嫌いな奴を助けたりしませんよ」
僕の返事を聞いた途端、先生は大いに復活した。
「そう、それならねっ」
ふいに僕の手を握り、熱心に言う。
「先々で、わたしのことを気に入るというか、好きになってくれる可能性だってあるでしょう」
「それは否定しませんとも」
「それならっ」
いよいよ身を乗り出す。
スーツの胸がこっちに当たるんじゃないかと、心配になるほどに。
「しばらくお付き合いしてみましょうよ。実はわたしも、恥ずかしながら男の人と付き合ったことないの! 女子校でずーっと来てるからっ。それにあの学校、惹かれる男性って零君だけだし」
先生が交際未経験なのは、既に予想済みではある。
しかし、その提案は想定外だったし、そもそも僕は、同じ意図の申し出を受けて、女性と付き合ったことはあるんだが……でも、なにも今、それを言う必要はあるまい。
だからしばらく考えた上で、穏やかに言った。
「まず、僕はモンスターだということを、はっきりと日頃から自覚してください。最初から無理がある提案なんだと」
「そんなのっ」
「いえ」
片手を上げ、なにか抗議しようとした先生を止める。
「先生が思う以上に、種族の違いは大きいんですよ。例えば、今から五十年経っても、先生はともかく、僕の容姿はそう大きく変わりません」
「うっ」
さすがに呻き声を上げた。
一瞬、五十年後の自分と僕を想像したらしい。
しかし少なくとも先生は、いつまでもめげてなかった。
「それは、また途中でよい方法を考えるわっ」
……考えてどうなるのさ?
そう尋ねたい気持ちを抑え、僕は話を進めた。まだ終わりじゃない。
「それと、これも前にほのめかしたはずですが、僕には使徒がいる。前に助けた女の子で、今は修学旅行中です。数日後に戻りますけど」
「……こ、恋人なの?」
心配そうに訊かれたが、僕は首を振った。
「使徒と恋人は全然違いますよ。まあ……ある意味、家族くらいでしょうかね。僕は別に、あの子を使役する気はないので」
「それなら大丈夫っ」
一転して、先生の顔が明るくなった。
いくら僕が家族だと思っていても、向こうはちょっと違うのだが……これもうるさく注意しない方がいいのか。
「他にはっ」
「まあ……いろいろ勘違いされている恐れはありますが……今のところは、それくらいですか」
「じゃあ、しばらくは恋人のつもりでっ」
「試しにお付き合いする……くらいの話だったのでは?」
「同じことだもの!」
先生はやたらと自信たっぷりに言ってくれた。
「い、今からわたしのことは、歩夢って呼んでね? 最初の一歩として」
「……は?」
僕はいきなり生じた高いハードルに、思わず顔をしかめた。
「呼び捨て嫌なら、歩夢ちゃんで」
……いや、大して変わらない気がする。