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死に至る病を凌駕する存在(第1話)



 カウンターの内側で暇を持てあます時、僕はいつも、この店がいかに駄目かを心の中で数えあげる。 

 数え上げれば幾らでもあるが、主立った点だけを見ても、こんなにあるのだな。


 街の中に存在するカフェなのに、本物の魔女である義母が周囲に結界を張り、本当に必要な人しか入ってこれないようになっている。

(ちなみに「本当に必要とする人」という基準は、義母の独自基準で、僕にはさっぱりだ)


 お陰で、店内は常時ガラガラで、閑古鳥が鳴きまくっている。

 しかも、わずかに店を訪れる客層が、瞠目するほど異色である。


 こんな店でも常連は幾人かいるが、そのうちかなりの割合を占めるのが「あたしは、誰それ(大抵、有名人)の転生なんだ」と、不思議系の発言をする人達なのだ。

 本人は大真面目だし、信じ切っている。ただし、信じる根拠は特に聞いたことない。それすなわち、「思い込み」だと思うのだが、当人は絶対に否定するね。


 とはいえ、僕自身も出自がかなり希少な部類に入るので、一応、あからさまに疑うことはしない。


 店番が多い代理マスターの僕の出自に比べれば、昔の偉人が転生して存在していても、別に不思議はないだろうさ。


 それに、あまりにも「○○の転生」だと主張する客を見たので、もう慣れた。

 非常に言いにくいが、代理マスターである僕自身も、この店のおかしな要素の一つだから、まあいいかと諦めている。





れい君、もう一杯、いいかな?」


 喉に絡んだ非常に渋い声がして、僕は久方ぶりに顔を巡らせた。

 タバコが目の敵にされるこのご時世に、カウンターの端でパイプなどくゆらすおじさんが座っている。半白の豊かな髪をバックに流し、灰色のスーツをきちっと着込んだ人だ。


 僕はいつもの癖で、「当店は禁煙ですよ、ホームズさん」とコーヒーの用意をしつつ、言ってあげた。




「……パイプに火は入ってないよ、いつもの通り。いかに僕でも、君のおっかない母親さんと争う気はないさ」

「母親さんじゃなく、あの人は亡父の友達ですって。まあ、育ての親ではありますが」


 出自が特殊だろうと、腹は減る。 

 あの人が父親の縁で面倒見てくれなかったら、僕は今頃死んでたかもしれない……あるいは、どこかで他人を襲ったかも。


 それを思えば、あの人には頭が上がらないのも当然か。

 サイフォンでコーヒーを淹れる間、これもいつもの癖でそう思った。

 その間、ホームズ氏は謎の会話を楽しんでいる。




「本当だ、君の言う通りだ、ワトソン。雨が激しくなってきたね」

「……いや、帰らないさ。雨が止むまでいるつもりだよ」

「はははっ、その時はその時さ。濡れて帰ればいいじゃないか、近いんだし」


 適度な間隔を置いて交わされるこの会話、ホームズ氏が独り言を呟いていると誰もが思うかもだが、それは違う。


 彼には常に、自分の前か隣に座る友人の姿が、ちゃんと見えているらしい。

 そう、かの有名なジョン・ワトソン氏が。


 言うまでもないが、このホームズ氏も、うちの常連にして転生申告者の一人だ。というよりも、養母のノーラさん曰く、店の一番古い客人らしい。

 店が開いている時は、だいたいいつもカウンターの端っこに座っている。


 僕は淹れ立てのコーヒーを運び、ソーサーごとそっと彼の前に置いた。




「どうぞ。……いつものように、ブラックですよ」

「ありがとう。甘いのはどうも苦手でね」


 ホームズ氏は口元だけで微笑した。

 鷲鼻が目立ち、やや尖った顎のホームズ氏は、日本人なのに外人風の顔立ちだが、笑い方は常に微笑止まりで、こんなところも本当にかの有名なホームズを思わせる。


 シャーロック・ホームズはもちろん虚構のキャラだが、それでも僕は眼前のスーツ姿の中年さんを尊重して、決して他の名前では呼ばない。


 そのホームズ氏が、スーツのポケットから高そうな懐中時計を取り出し、僕を見上げた。


「今宵の閉店は何時かな?」

「ワトソンさんとの会話を聞いた後では、無下に追い出せませんね。……まあ、天気と相談で決めますか」

「それは助かるな」


 ホームズ氏が上品に会釈し、僕は苦笑した。

 とそこで、彼が何食わぬ顔で言った。


「時に、珍しくお客さんだよ」

「……うわ、本当だ」


 小雨から豪雨になりつつある中、せかせかと歩く足音が近付いてくる。

 そして、うちの店の前で止まった……しばらく迷った後、そっと扉が開いた。

 相手を見て、僕は思わず眉根を寄せる。


 上下共にカチッとしたスーツのワンレン髪型の女性……誰あろう、僕が通う高校の担任の先生である。


 1ーDの受け持ちで、国語の先生だ。

 せっかくの美人が、傘も差さないのでずぶ濡れである。


「奇遇ですね、不破ふわ先生」

「……え」


 才気溢れる教師が、今日はなぜか反応が鈍かった。

 僕をポカンと見つめ、目を瞬いている。


「うちの近所に……こんなお店あったからしら? しかも、影踏みさん?」


 びしょ濡れの担任と、僕らはしばらく見つめ合ってしまった。

 ……ていうか、影踏みさんって誰だよ。僕に付けられたあだ名か?



連作を意識してますので、それぞれ違う話となりますが、主要人物と舞台はほぼ同じです。

ヴァンパイアの主人公と、周囲の知人達。

ホームズが出てますが、推理物というわけじゃないです。

おそらく、現代ファンタジーっぽい感じでしょうか。よろしくお願いします。

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