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大好きでたまらない  作者: 流美
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不慣れな生活

 人の喜ぶ顔が狂気的に大好きとは言っても、誰でもいいとは言えない。特に好きなのは幼い女の子の喜ぶ顔であり、俗に言われる単語であれば、ロリコン、が1番近いだろう。

 いや、だからといって、けして俺はロリコンではない。子どもだけではなく、女性の喜ぶ顔だって大好きだ。そういう問題じゃない? そういう問題だ。男児ならまだセーフでも、男の喜ぶ顔に興味は一切無い。


「このみちゃんのお部屋に案内してあげるよ」

「おれっ…………わたしのおへや?」

「そうだ。このみちゃんのお部屋」

「やったー! 嬉しい! おれ……わたしのおへや!」


 まだまだ言い間違えているが、それでも自ら一人称を修正して頑張っている。偉いとしか言葉がでない。本当に、素直で良い子だ。

 角部屋で、窓のない部屋。その部屋だけは、ここに引っ越してきた当初から鍵がかかる仕様で、しかも中からは開けられない。監禁ではないと言い張りたいが……監禁だな。

 極力は一緒にいるつもりだが、俺にだって仕事はある。実は子どもを誘拐している身で、今まで通り仕事を続けるというのはヒヤヒヤして怖いが、金がなければ暮らせはしない。

 一緒に暮らすことに、少女はしっかりと返事をしていた。それでも不安は拭えない。俺の家から勝手に出て行ってしまったら、警察や近隣住民にバレて終わりだ。

 だから監禁だって、仕方ない。俺もこの子も、ちゃんと暮らすための手段なんだ。


「このみちゃんのお部屋は、ここね。何も無いけど、明日にはいろいろ用意してあげるから」

「ぶー……わかったぁ……」


 ドアを開けて殺風景な室内が見えた瞬間、不満そうに頬を膨らませた。計画をたてた誘拐じゃない。部屋の用意なんて何一つできていないわけで。この部屋にあるものと言えば、積もった埃や塵くらいか。

 掃除が先だなぁと、不満気なこの子の手を引いて、風呂場にある雑巾を濡らして渡す。不思議そうに首を傾げられた。何も言ってないから、理解できないのは当然だな。


「このみちゃんのお部屋、汚れてるからさ。これで綺麗に拭いてくれる?」

「おへや、ふくの?」

「お掃除だよ。綺麗にできるよね?」

「うん! できるよ!」


 元気に頷いて、俺の視線を振り払うように部屋の隅へ走っていく。案の定、舞った埃で咳込んだけど、何ともないかのように雑巾をべしゃっと床に落とした。

 一生懸命に床を擦って汚れを落とすのを見て、そうだと思いつく。今のうちに、必要最低限のものを買ってきてしまえば良いのではないか。

 寝るには布団が無いと寒いし、ご飯を食べるのも机があったほうが良い。監禁生活はつまらないだろうから、多少の絵本なども買ってきてあげたい。

 幼い子どもの力と体力じゃ、そう簡単には一部屋の掃除は終わらないだろう。なら明日を待たずに買ってくるほうが楽だ。


「このみちゃんがお掃除を頑張っている間に、お布団とかを買ってきてあげるよ」

「んしょ、んしょ……」

「このみちゃーん……?」


 あぁ。なんて良い子で可愛らしいんだろう。部屋の入り口から声をかけてみたが、掃除に夢中でまるで聞こえていない。やれやれ、といった溜息をひとつ零し、目の前まで行ってもう一度声をかける。


「このみちゃんは、どんな絵本が好きかな?」

「わたしネコさんがでてくるお話、すき!」

「ネコさんのお話ね。わかった。おじさん、お買い物行ってくるけど大丈夫?」

「…………だいじょうぶ、だよ!」


 返事の前の間が少し気になった。けれど一緒に連れていけるわけじゃないから、そこは知らないふりを通す。いきなり不安を与えてしまうことになるけど、きっと大丈夫だろう。

 急いで帰ってくるからねと最後にもう一度声をかけ、元気な返事を後に部屋を出る。念の為、鍵はかけた。何かの拍子に出られたら困る。あれだけ一生懸命だったら、それも大丈夫なんだろうけれど。


 近隣住民と家の距離は近くないが、もし泣き叫ばれたりしたら誰かに聞こえてしまうだろうか。そんな不安も頭をよぎり、本当に必要最低限なものだけ買って今日は帰ろうと改めて決めた。

 住宅やコンビニはそこそこあるが、スーパーや服屋などは車を使ったほうが無難な距離にある。ありふれた白い車に乗り込み、何でも揃うデパートに向かうことにした。片道30分かかるが、そこは妥協しよう。

 子ども用の布団と、数着の衣服と……小さな机と椅子、数冊の絵本があれば一先ずは良いか。なんだか子どもができた気分だ。実際には学生時代以来、彼女のいない独身だが。

 給料が入ったばかりで良かったと心底思い、黙々と車を走らせた。



「――はぁ……ただいま」


 急ぎつつも色々考えながら選んだ品々を両手に抱え、家に入る。こんな大量の荷物を買って帰ったのは、引っ越しの時振りだ。

 荷物を滑らせるように廊下を歩き、奥の部屋へと行く。少女を残した部屋を開けようと、鍵に手を伸ばした瞬間、突然ドアがバァンッと音を立てて揺れた。思わずビクッと肩が跳ねる。

 つい手を引っ込めてしまったが、そのあと何も音沙汰が無いため、鍵を静かに開けた。ゆっくりとドアを引くと、ドアから数歩離れた場所で丸まっている生物。……一体、今なにがあったんだ。


「ど、どうしたんだ……?」

「かえってきた音したから、おでむかえしようと思って……走ってぶつかったの……」

「……ドジか……」


 ふ、と鼻で笑う。痛そうに頭を抱えて、涙目で俺を見上げる少女。出迎えてくれようとしたところも併せて可愛い。

 荷物を一旦廊下に置いて、少女と目線を近付けようとしゃがんだ。怯えてしまうかという恐怖が浮かんだが、優しく頭に手を乗せて撫でてやると、心地好さそうに目を細めた。


「おじさん、なにお買い物してきたの?」

「あ、そうそう。このみちゃんに気に入ってもらえると嬉しいんだけど」

「なになにーっ!?」


 透明な袋に入った布団を廊下で取り出す。よく見れば部屋はきちんと綺麗に掃除されていて、隅っこに真っ黒な雑巾が放置してあった。中に引っ張っても大丈夫だと確信し、部屋の奥で布団を広げる。

 今の時代の女の子が好きなキャラクターが分からない俺は、予算的にもキャラクター物は諦めた。代わりに、ピンクと白の柔らかい布団にしたのだが、気に入ってくれるだろうか。

 夏は少し暑いかもしれないな、と布団を広げながら思いつつ、側に立つ少女の方を見る。


「これ、おれ、わたしのおふとん?」

「そうだよ。……気に入ってもらえない、かな?」

「ううん、すっごくかわいい! おじさんありがとうっ!」


 満面の笑みを浮かべた少女が、広げたばかりの布団に飛び込んだ。柔らかさを全身で感じるように、布団の端から端までごろごろと転がっている。

 その様子を目にして、釣られるように口角が上がった。そんな嬉しそうな反応をされると堪らない。これだから幼い女の子の喜ぶ顔は大好きなんだ。胸の奥が疼く感覚で満たされる。


「他にも机やお洋服も買ってきたからね。今出してあげるよ」

「やったぁー!」


 俺の言葉を耳にして、すぐに布団から起き上がった。廊下まで響いてそうな声量で、嬉しそうな声をあげる少女。

 廊下に置いた荷物のところまで行くと、隣から覗き込むように少女が見つめている。荷物を。けして俺じゃない。

 木目の目立つ淡い色合いの、小さくて低い机。それと、クッションに背もたれがついたような椅子を取り出した。どっちもシンプルで可愛いとは言えないデザインだが……机と椅子は許してほしい。


「これ、わたしがおへやに置いてきていい?」

「あ、あぁ……いいよ」


 返答に満足したのか、にへらと笑い、机と椅子を引き摺って部屋の中に戻る少女。その引き摺り音を苦笑いで聞き流しつつ、絵本や洋服をその場に積み重ねる。

 絵本は適当なネコ関連のものを4冊。洋服はワンピース3着と寝間着1着を購入した。成長したらまた買うことになるだろうし、とりあえずの物だ。


「おじさん置けたよ、みてみてー!」


 後ろから声をかけられ振り向くと、部屋の中央に机と椅子が置かれていた。ドヤ顔で手を腰に当てている少女。少女に申し訳ないが、失笑してしまった。


「な、なんで笑うの!?」

「いや……よくできたな。ほら、洋服見てごらん」

「おようふく!?」


 積み重ねた絵本と洋服らを少女の元へ持っていく。絵本は机に並べて、洋服は床に並べた。それを見た少女が目を輝かせる。

 ふりふりの、いかにも女の子といったデザインから、近所に出かける程度のシンプルなデザイン。寝間着はセーラー服のデザインだ。真っ先に手を伸ばされたのは、ふりふりのワンピースだった。流石、女の子。

 口を大きく開きながらも声は出さない。というより、言葉が失われたように見える。服の上から下まで舐めるように観察し、心底嬉しそうに顔を歪ませて服を抱きしめた。


「おいおい、そんなに強く抱きしめたら皺になるぞ」

「これ、すっっごくかわいい! おじさん、ありがとぉ!!」

「……あぁ。喜んでもらえて何よりだよ」


 なんでそんなに喜ぶ顔ができるのかと、疑問に思う程だ。無邪気にお礼を言われるのだってくすぐったい。

 と、ここで少女のお腹が鳴る音が聞こえた。ハッと気付いた少女が恥ずかしそうに顔を背ける。もう夕飯の時間か。


「夜ご飯持ってくるから、自分で洋服とか片付けられるか?」

「できるー!!」

「そうか、良い子だな」


 一回、少女の頭にポンと手を乗せると部屋を出る。台所に向かうついでに、部屋の隅にあった真っ黒の雑巾と、廊下に散乱したゴミを持っていく。まだ予備があるし捨ててしまおうと、雑巾ごとゴミ袋に詰め込んだ。

 さて、夜ご飯はどうしようか悩む。元より、豪華で美味しい食事をつくる気はない。最低限の栄養が取れ、食べられないことはないけど、の味を作りたい。

 スマホを使って、生きる為に必要最低限の食事を調べる。結果的に言うと、白米と野菜と、納豆か卵があれば生きていけそうだ。あとは肉か。

 家に一通りのものは揃っている。これをどう、美味しくなくするか。


「――簡単に、全部混ぜ込むか」


 全部混ぜたら栄養バランスが変わるなんて、まさかそんなことはないだろう。例えあっても、死ぬに至ることこそないだろうし。

 どのくらい食べるのかは知らないが、とりあえずお茶碗1杯分の白米と、少し手間をかけてすり潰した納豆を混ぜる。そこに細かく刻んだ生野菜らと、そぼろも入れた。

 見た目的にも美味しくないな。食感だって、訳わかんなくて不味いだろう。こんなものをわざわざ作って、あの子に食べさせるのだ。

 罪悪感が無いわけがない。けど、どうせ慣れてく。俺も、あの子も。それが誘拐した真の目的なのだから構わないさ。

 例えあの子が食事を拒絶しようと、例え俺が罪悪感で満たされようと、待っているのは一時の最高の幸福。その為だったら俺は、手段は選ばない。誘拐したときから、俺の人生なんてレッドゾーンなんだ。


「このみちゃん、夜ご飯だよ」

「やったー、ごはんー!」


 部屋に戻り、机の上に先ほど作ったものを置く。まぁ当然、中を見た少女は顔をしかめた。


「おじさん、これ……なぁに……?」

「このみちゃんのご飯だよ」

「……たべたくない」

「そっか、わかったよ」


 別に無理強いする気はない。食べたくないなら食べないで構わない。そりゃあ進んで食べたいものではないだろうし。

 置いたばかりのお茶碗を持って、台所に戻る。後ろから刺さる視線が痛かった。残念ながら、代わりの食事はないんだよ。

 流石に俺も食べるのは躊躇したが、そのままゴミ袋に捨てるのも躊躇した。まとめてあったレジ袋に入れて口を固く縛ってから、作ったものをゴミ袋へと捨てる。

 俺の夕飯は……卵かけご飯でいいか。白米と溶き卵を混ぜて、調味料は目分量で。ずっと一人暮らしでこだわりが何もない俺は、その場でかっ食らって洗い物を済ませる。

 そんな日々だ。子ども1人誘拐したところで、監禁。この先も何も変わらないのだろうかとふと考えた。


 そんなことより、あの子を風呂に入れてやらなければ。

 また部屋に戻ってみると、机の前で体育座りした少女がいた。揺かごのように前後に揺れている。その様子を眺めていると、少女が気付いて動くのをやめた。


「おじさんってもしかして、りょうり下手なの?」

「……さぁ、どうだろうね。そんなことより、このみちゃん。体を洗おう」

「はーい」


 なんだか不服そうだ。というか、この年齢で一緒に入って良いものなのか。俺は体に興味は無いけど、本人的にどうなのか……。

 ……やめておこう。


「ここ、お風呂ね。1人で入れる?」

「はいれるけど……おじさん、そこにいて?」

「わかった、ここにいるよ」


 シャンプーやボディソープ、シャワーの使い方だけ説明して、浴室の外で待つ。勢いの強い水が跳ねる音を聞きながら、何もすること無く、ボーッとする。

 この先、どうなるんだろうな。

 いつ誘拐犯だとバレて捕まってもおかしくない。それでも、俺まで外に出ずに暮らすのは不可能なことだ。働いたり買い物に出たりしなければ何もできない。それこそ互いに餓死して終わる。

 不安は拭えない。自分が衝動に身を任せ、欲求を満たしてしまった快感が大きすぎた。いつか来るであろうその日が、怖くて堪らない。


「おじさん、あらいおわった!」

「じゃあここにあるタオル、自由に使っていいからね。拭いたら出ておいで」


 浴室の出入り口の側にタオルを数枚、それから寝間着を置いて出て行く。何も考えないようにして廊下で待っていたら、すぐに少女は出てきた。幼いながらも、セーラー服を模した寝間着がよく似合う。


「おじさん、このおようふくも可愛いね!」

「お気に召したなら何よりだよ」


 髪はまだ濡れている。乾かしたほうが良いのかと思っても、男1人だった我が家には、ドライヤーなんて便利な物は無かった。近いうちにそれも買わないといけないな。

 大きな欠伸をする少女の手を引いて、部屋に戻る。スマホを確認したら、時刻は20時を指していた。


「後は自由に過ごしていて良いよ。眠くなったら寝なさい」

「おじさん、トイレー」

「あぁ、トイレ……わかった。着いておいで」


 時計も買わないと。しかし、俺がいない時のトイレはどうしようか。少女をトイレに案内して、暫し思考を巡らす。

 基本は鍵を閉める以上、トイレを室内で済ませないといけない。簡単なのは、簡易トイレなり何なりを部屋に置いておけば良いが……そんな部屋であまり過ごしたくはないよな。


「おじさん?」

「ん、終わったかい。なら部屋に戻ろうか」

「うんっ!」


 さて、どうするか。

 少女を部屋に入れ、おやすみの挨拶を交わす。何かあれば扉をノックをするように言った。素直に頷き、にっこりとした笑顔を見せた少女を後にする。鍵はしっかりと掛けた。

 自分の部屋に行って調べてみたけれど、流石に有用なものはなかった。やはり簡易トイレが1番マシか。臭いを消すためのものも同時に揃えるとしよう。


 早いうちに買わないといけないものが多くて仕方ない。だがそれもこれも、少女により良い日々を過ごしてもらうためだ。回り回って俺のためでもあるが。

 今日は過度な緊張や極端な快感、不安に疲れてしまった。おそらく少女も何も無いだろうし、早めに寝てしまおう。風呂は朝にシャワーを浴びれば十分だ。


 スマホの電源を落として充電器を差し込む。分厚い布団に潜り込み、明日のことを考える。

 考えて、何かを考えたのちに、いつのまにか深い眠りについていた。

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