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彩る君に恋をした。  作者: 椎名 椋鳥
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石化された街

街の入り口ゲートまで行く。

入るやいなや、海上貿易の為の運河が街の縦横に流れており、非常に風情のある景色となっている。

街のいたるところに橋が建設されて不便なく歩ける仕様だ。

「綺麗な街だ!」

 メルは目を輝かせてはしゃぎ回る。


 まずは情報収集だと思っていた。

街の人に話を聞けば何か分かると。しかしそのもくろみは外れる。

 驚くことに人っ子一人いない。それどころか物音一つしない。

するとしても波音と浜風が吹く音くらいか。

住宅地はあるのだが閑散としている。静けさに覆われた街に自分たちの足音がコツンコツンと聞こえる。

不気味な雰囲気。

ロールプレイングゲームで本来愉快な音楽が流れているはずの街に無音で歩く冒険者たちのような感じだ。


しばらく歩いていると俺たちは不思議なものを見る。

 石像。

 それも一つじゃない。街のあちらこちらに建てられている。それは老若男女問わず、子供から大人まで、全ての石像。そこにはついさっきまで生活していたような佇まい、素振り。一同唖然。

これが街のモニュメントのはずがない。なんて気味の悪い光景なのだろう。


「ねぇねぇみんな! ちょっとモノマネしていい?」

 ヒヨリは注目とばかりに右手を高く上げる。

「へ?」

 この状況を分かっているのか?

「いきまーす! ミロのヴィーナ……」

「やめろーーー!」

俺は全力でモノマネを止める。

「それ、とある国でやると捕まっちゃうから!犯罪まがいの行為だから!」

「私もやるぞ!」

追い打ちをかけるようにメルもまた、

「いくぞ……」

「アホーーー!」

こいつもアホか!

「お前ら何やってんの?」

二人を正座させ説教する。ヒヨリもメルも膨れ顏で下を向く。

「だいたい美術品っていうのはな……」


「まぁそこまでにしておきましょう。二人も反省していることですし」

 レオナが仲裁に入り、この場は取りやめる。美術方面の学問は昔学んでいたから、石像に関しての知識も多少はあった。

 それにしてもこの石像、まだ石としては新しいほうだ。

時間が経っているのなら石は腐敗していつ崩れても分からない状態になる。いや、シンプルに考えよう。

この数の石像に、誰一人いない街……。仮説として、


——街の住人が石化されている?


じゃあどうやって?


「とりあえず原因を探る前に今晩の宿を探しましょう」

「おっ、そうだな」


レオナの提案に乗り宿を探してみたものの、この街の住人が全員石化されているので、宿も到底営業していない。

「仕方ない。宿のベッドを借りて事件が解決したら店主にお金を払おう」

 少し横暴なやり方だがこの際致し方ないと思う。

 一つの部屋に集まり、俺たちは今置かれている状況を整理する。


 その後二手に分かれて散策したがこれっといって手がかりは見つからなかった。

時間もあっという間に過ぎ去り、夜も更ける。

散策の続きは明日にするとして、今日はもうベッドに入り眠りにつく。

この街でおきている現象、あの壁画から貰えるヒント、そもそもなぜこの世界に来ることができたのだろうか。


横になりながらあれこれ考えるうちに眠れなくなってしまった。

少し外の空気を吸ってこようか、街の少しはずれにある海辺に行くことにした。妙に頭が冴えているなかトボトボ浜辺を歩いていると、静かに黄昏ているレオナを見つける。


レオナ……。


「どうしたんだ? 眠れないのか?」

「うん。なんだか眠れなくて…」


 虚ろな目。


「今回の旅、父上に無理言って私も連れて行ってもらうようにしたんです」

 一国の王女とあろうものが危険にさらされるかもしれない場所に行かせるなんて普通はしないだろう。


「私は幼い頃、母上を亡くしてからずっと一人で暮らしてきたんです。父上や城の者たちはみんな忙しく私のことなどかまっている暇などありませんでした。私は廊下に飾ってある母上の絵を見上げる毎日」

「やはりあの絵はレオナの母親だったのか」

「見たのですね。そうです私の母アニエスの肖像画です。母がまだ生きていた頃にとある旅の絵描きが描いてくださったらしいのですが……」

 どおりで似ていると思った。それにあのクオリティは只者ではない。


「でも今はあなたたちがいます。ヒヨリやメルちゃん、そして湊君がいて私の生活がガラッと変わりました。同年代の方々とおしゃべりするのがこんなに楽しいことなのだと初めて分かりました」


 彼女の芯に悦楽な顔を見ればそれはすぐ分かった。

それにずっと一人で過ごしてきた時間は俺自身も理解できる。

絵を描くことだけに集中する為にいろいろなものを捨ててきた。

そして自分の生命線であった絵も捨ててしまった。

何も残らなかった。だからこそ今が楽しい。こうやって笑いながら過ごす日々が。


 レオナは続けて重々しく口を開く。


「この間、私言い出そうとして言えなかったことあるでしょ?」

あの戦争の前、レオナは呼び出したにも関わらず特に用もなかった時のこと。

「何を言おうとしてたんだ?」

 強い口調でなく優しく諭すように尋ねる。


「えっとね……ごめんなさい! 実は覚えていたんです」

「覚えていたって……なにを?」


 潤んだ瞳。


「湊君この前言っていたでしょ?『草原で出会ったあの時のことを覚えていないか?』って。私、実は覚えていて、私から聞き出そう思ったのだけど、もし覚えていなかったらって思って聞き出せなかったんです。でもあなたからそのことを聞いてきた時は驚いてしまって……」


「そうだったんだ。それならしょうがない」


 少し見せる燻んだ笑顔。


「あの時、よく分からないけど湊君と居て凄く落ち着いたんです。そして今もこうしていることにどこにもない安心感というか……なんて言うんでしょうね」


 覚えていてくれてありがとう。


 心のなかでそう唱える。声には出せなかった。

 俺にはそんな安心感とかそういうのはない、ただの勘違いだ。

 と、言いたくても言えなかった。言ってしまうと、声に出してしまうと彼女の純粋な、なにかに傷をつけてしまいそうな気がして。

「そして、また必ず会えると確信しておりました」

 俺は少し目を見開き驚いた表情を見せたあと、レオナに優しく微笑んで答える。

「俺も……同じだ」


砂浜に佇む俺たちを照らすような星の光、荒々しくも一定の間隔で奏でる波の音。俺とレオナの心の距離が前よりも少し縮まった気がした。


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