謎の幼女
ベーレ王国との戦いが始まるまでの二日間、俺とヒヨリは特訓を行う。
騎士団としてのノウハウをアードラ団長や他の団員から学び、精霊使いとしてうワンランク強くなるために実践的な演習も行った。
レオナも俺たちに付きっ切りで協力してくれている。
俺は今日まで運動は人並み程しかしていなかったため、体力的にはしんどいものがあった。
いくら精霊の力で運動神経が良くなったとしても基礎体力がないのでどうしてもへばってしまう。
二日三日で変わることなんてないが、体力が無いなりの戦い方を身につけることはできるはず。
そんな特訓の最中である一日目の夜の帰り道とある幼女と出逢う。
この幼女、路上でいきなり、
「お前、強いのか?」
と声をかけてきた。なんだこの子は?
見た感じ黄色いアライグマの精霊使いのようだが……。
灰色のマントに身を覆い、こちらを見ている。鋭い目つきながら澄んだ目をしていた。
「お嬢ちゃん、迷子かな? 名前は?」
ヒヨリが尋ねると、
「私はメル。迷子ではないのだ。お前、強いのか?」
小さい手で俺に指を差す。
「そんなに強くはないけど、一応騎士団員だ。それに俺の名前は湊だ。こっちがヒヨリな」
突然強いとか強くないとか聞くなんて、普通の子じゃないことは確かである。
「メルちゃん、何か頼みがあるの? 立ち話もなんだし私の部屋に来ない?」
メルと名乗る女の子はヒヨリの提案をあっさり受け入れたので、俺たちはヒヨリの部屋で事情を聞くことにした。
聞くところによると、このメルという女の子、身寄りはないが仕事を見つけてきては自分で働き、その稼ぎで生活していたらしい。精霊使いのようなのでそれなりの強さはもちあわせているのだろう。しかしベーレ王国と戦いになると聞いて、
「私もシュタイク騎士団に入りたい」
メルの口から驚くべき発言が出たというわけだ。
確かに騎士団は強ければ年齢など関係なく入れる。だがこんな幼い女の子が戦いに巻き込まれるなんて……と危惧する自分がいる。それはヒヨリも同じの様子で少し不安気な顔。
そんな俺たちの様子が見て取れたのか、
「試験があると聞くから、それに合格すればそのまま騎士団に入りたい。もし不合格ならその時は諦める」
「なんで騎士団に入りたいんだ?」
わざわざ騎士団に入りたいというなら、それ相応の理由があるのだろう。
この歳ながらメルはしっかりしている。俺なんかこの歳ぐらいの時は、絵を描くことしか頭になかったから。
「……それは」
予想外の返答。仕方ないという見方もあるが。
「もし合格しても私たちで守ってあげましょ!」
それもそうだな。ヒヨリの言った通り、守ってあげよう。おそらく試験は絶対に受けると言い張りそうだ。
「ヒヨリの言う通りだな」
「ありがとうなのだ。二人とも優しいなぁ。そういえば二人は夫婦なのか?」
「ふ、夫婦って全然そんなんじゃないから! ただの友達だから! なんでもないから!」
二人揃ってあらぬ誤解を解こうと必死。そしてメルはこの時初めて笑う。
幼く無邪気な笑顔。
一人で生きてきたとはいえ現実世界で言うまだ小学生くらいの年齢だ。可愛らしいところもある。
この子が過去にどんなことがあったのだろうと今、俺たちの前に現れたのだ。
今のこの子を守ってあげよう。
それにヒヨリの人と人を繋げる才能というか個性は本当に尊敬する。
「そうだ!メルちゃん今日はここに泊まっていって!」
「最初からそのつもりだったのだー」
ドヤ顔で言うなよ。
とりあえずは明日のこの子の試験、そして明後日は戦いの始まりだ。
決戦前日、アードラにメルが試験を受けたいとの趣旨を伝えると、意外にもあっさり了承。
俺たちはレオナとの特訓のため試験は見られない。おそらくあの闘技場にて行われるのだろう。
俺たちが特訓を始めて二時間くらい経ったあと、メルは臙脂色の制服を着用し、笑顔で戻ってきた。
「合格だぞ!」
アードラ曰く、この子の戦闘能力は即戦力らしい。
その言葉を聞いて素直な嬉しさと少しの不安が駆け巡る。
胸騒ぎ……いや、メルは合格したから、この子のやりたいようにさせるのだった。
それに何かあれば俺たちが守ってあげればいい。
メルはレオナを見つけると片膝をついて挨拶をする。
「レオナ王女様、メルです。よろしくお願いなのです」
「あらら、可愛い団員さんね。それに幼いのにしっかりしているわ。よろしくね」
メルはレオナに会釈レオナはメルの目線の高さまでしゃがみ込み微笑みながら頭を撫でる。
ヒヨリに駆け寄って気持ちを体いっぱいに表す。
「ヒヨリ〜やったぞ! 私、合格したぞ!」
「おめでとうメルちゃん!」
ヒヨリは抱き寄せて頭ナデナデ。
二人は俺の方を見て、ドヤッ!
なんだよ、勝ち誇ったみたいな顔して。てかなんでヒヨリもドヤ顔してるんだよ。
その後、アードラが騎士団の団員全員を集め明日からの作戦の説明。
その後、俺はレオナに呼ばれた。一人でレオナの部屋に来てくれとのこと。
俺は何も考えずレオナの部屋に行った。扉を三回ノック、「どうぞ」と聞こえたのでゆっくりと入る。
絢爛煌びやかな部屋、おとぎ話に出てくるような豪華なベッド。まさに一国の王女らしい部屋を俺は物珍しそうに見る。
「あんまり部屋をジロジロ見られると恥ずかしいです……」
顔を下にして体をクネらせ、上目づかいでこちらを見るレオナ。
「あっごめん。あの、用事って?」
「……えっと……」
「ん?」
「なんでもありません……。絶対生きて帰りましょうね」
「おう!」
何か他に言いたそうだったが、あえて聞かないことにした。