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縄文の赤とんぼ  作者: 黒瀬新吉
16/16

16.縄文の赤とんぼ

ニツは懐から小さくたたんだシロジカの皮をマナに渡した。それはマナが神殿に入ってから、肌身離さずニツが持っていたものだ。トキの剣で穴の開いた皮を開くと、ニツが描いた土偶の下絵が現れた。刺された傷は深かったが、この折りたたんだ皮のおかげで致命傷とはならなくて済んだ。そしてニツは川下のムラの者に救われたのだ。他部族のけが人は災いを呼ぶ、金目の者を奪うと、殺されるのが常だが、その絵が彼らの崇拝する女神にそっくりだったのでニツは看病され命が助かったのだ。


「その礼に彼らに土器や土偶の焼き方を伝えていた。やっと昨日旅立てたのだ、遅くなって済まない、マナ」

「いいえ、おかげで逆子の取り上げ方を教えていただけた。何よりです、ニツ」

「逆子は助からない、そういって忌み嫌っているのは縄文人だけだ。わしらは逆子も三つ子だってちゃんと取り上げる」

ニツと一緒にきた屈強な男は、逆子の取り上げ方まで知っていたのだった。


その後ニツは「トオクニ」の最初のオサに選ばれた。キツネびとのムラは「コ(木)ノクニ」と呼ばれるようになり「トオクニ」とは同盟を結んでいた。収穫の際は互いに人手を連れて行きその夜は独り者の男が相手を捜す。気に入った娘のムラに移り住むのだ。あのオオカミ族のムラはさらに巨大な北の国に滅ぼされたと聞く。ニツを救ってくれた川のムラびとは土器を異動先で焼いて売り歩く日の繰り返しだ。遂に定着は選ばなかった、その生き方を誰も強制はできない。日照りも大雨も病も死も毎年起こり続ける、豊作も出産もニツたちは経験し、新しい朝日もやはりまた昇る。それが「トオクニ」なのだ、それが「コノクニ」なのだ。


さらに数年経った、巫女舞いは「豊穣(ほうじょう)祈願」の舞として、ムラの女が皆で神に祈るものになった。

「オサ、新しい水車が完成しました」

「穀物倉庫に鼠よけを付けてみました」

「他国から取り寄せた、テツで作った鍬です」

ニツはそれぞれの報告を受けると、座を立った。


ニツはもう滅多に訪れるものもない、古い窯を訪れた。使われなくなった分厚い土器が残っていた。ふと思い出し、その奥の部屋に入った。カヤから預かった土偶が目にとまった。二体あった一つは床に落ち砕け、もう一つの土偶の底には大きな穴がぽっかりと空いたまま横に倒れていた。

「こんな穴を作った覚えはない……。そうだったのか」

何かが這い出た様な穴を見たニツは、マナの使った「アマテラス」のことを思い出した。

「カヤは随分前からこの中に自分の腕を封印していたのだろう、その代わりにわしの作った土の腕をつけていたに違いない。マナを、いやこのムラを災いから守るために」

ニツはそっと土偶を手に取り、ムラを一望できる丘に登っていった。


手頃な石があった、人影に赤とんぼが慌てて飛び去った。収穫の秋がはじまる。

「毎年変わらず、赤とんぼもあちこちで色付いては、ここに戻ってくる」

ニツは短剣で石の側に深い穴を掘ると「カヤ」の土偶を埋めた。待ちかねていた赤とんぼが、連れ添いを繋げたまま、側の石にとまった。麓からニツを呼ぶ声が聞こえた。

「父様、早く早く。母様もおじさんたちも、皆お腹をすかせているわ。ササゲ(お祭り)を始めましょうよ」

カヤの期待どおり、すっかりお転婆になった娘のヒメカだ。


「はははっ、あの声なんかマナにそっくりだろう、カヤ?」

数歩丘を降りかけ、振り返ったニツは、白いヘラジカの牝が一頭丘の上にいるのに気付いた。


「カヤ……」


白いヘラジカをじっと見ているニツの目前を、尻尾の先まで色づいた赤とんぼが通り抜けた。



       「縄文の赤とんぼ」 了 ご愛読ありがとうございました。 2017.jun.1. 


最後までご愛読ありがとうございます。感想などございましたら、お気軽にお寄せください。

次回作にご期待ください。  新吉

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