14.鎮魂の巫女舞
ニツの短剣をトキはなんなくかわす。剣の戦いではトキは負け知らずだった。脇や腿、頬そして胸。ニツは次第に切り刻まれていく、その度に血しぶきが飛び散った。マナは両手を縛られていて、術も封じられていた。
「ニツ、ニツ負けないで……」
ムラの女として、夫の無事を祈るしかなかった。マナを救った後、再び倒れたニツの体を必死に温めたあの日と同じ心持ちだった。その思いが通じたのか、次第にニツはトキを追い詰め始めた。打ち込む剣の鋭さが衰えないニツにいつしかトキは押されていく。
「おのれっ、こしゃくな。死にかけのこいつにどこからこんな力が湧いてくる?」
とうとうトキの剣がはじき飛ばされた。ニツはトキにとどめを刺そうとした。
「うっ、おのれ卑怯な……」
その腕に、オオカミ人の吹き矢が刺さりニツは短剣を落とした。トキがそれを拾いニツに近づき、後ずさりをするニツに笑った。
「お前が殺されるのは、最初から決まっているのさ、この間抜けめ!」
トキがニツの腹を刺し、その場にうつ伏したニツの頭を踏みつけた。
「目障りだ、魚のエサにでもなればいい」
数人のオオカミ族によって、ニツは谷底の川に投げ込まれた。低く重い音がマナの耳にも響いた。
「これで俺のニツへの復讐は終わった。後は兄者とホノ、わしを追い出した恨み、はらしてやるぞ、待っているがいい」
そうつぶやくと、トキはマナに向き直った。泣きつかれたマナは髪を振り乱しうなだれていた。その形の良いアゴを持ち上げるとトキは考え直した。
「気が変わった、ほら、お前にも選ばせてやろう。ニツの後を追ってここで死ぬか、それとも俺の妻としてこのクニを動かすか」
そう言うとマナの綱を解き、血の付いた短剣をマナの前に投げた。とっさにそれを拾い、喉に突きあてたマナは、次の瞬間それを投げ捨てた。それを見るとトキがにやりとして言った。
「そう、それでいい。マナ、お前もヤヨイの女だ。こいつらとは違う、こだわる事はない」
縄文人と違いヤヨイは血にこだわらない。誰の種だろうと産んだ女が重要なのだ。
「ニツは死んだ、やがて皆の記憶から薄れる。新しいクニをわしと作る方がずっと賢いぞ」
トキは「トオクニ」の巫女を妻にする事が重要だと思った。マナの気が変わらぬように、トキはこう言った。
「よし、ここで皆の前で契ろう。お前が本当にその気ならためらう事無くできるだろうな」
「こ、こんなところで……」
「それとも口からでまかせか、油断させて俺を殺すつもりか?」
マナの腹を見透かす様なトキの言葉にマナは静かに立ち上がり、単衣を脱ぎ進み出た。
「その前にこの度の戦で死んだ皆のために一舞いする事をお許しください」
マナはその美しい裸体を皆の前に晒し、巫女舞いを始めようとした。ふっくらとしたマナの身体はその場の皆には眩しく映った。
「舞いにはこれが必要だろう、はははっ」
誰かが嘲笑まじりに細い枝を投げ入れてやった。それを拾い上げると、マナは一心に舞いを始めた。それはトヨを呼び戻した際のタマヨセではなかった。またイリヤの呪術をはね返したタマハラでもない。トキさえも見た事もない美しい舞いだ。手にした細い枯れ枝が一舞いごとに太くなり、見る間に新たな精気を取り戻していく。