13.復讐
あちこちにオオカミの面を着けた男が突然現れた。オサは奴婢や女たちにも武器を持たせた。しかし戦い慣れたオオカミ族の前では、ムラの者たちは子鹿のように簡単に、そして確実に殺されていった。神殿の壁にもにも火矢が突き刺さった。それを抜き取りへし折るオサに、ヤスが駆け寄った。
「ここは、危ない。オサ殿、さあ神殿の外へ」
「おお、ヤス。しかしこの神殿を開ける訳にはいかない……」
「神殿とあなたの命とどちらが大切なのですか?さあ早く」
「しかし……」
ヤスは強引にオサの手を引き、神殿の外に連れ出すと、うってかわって不敵に言った。
「縄文人は命よりあんな古い神殿の方が大切なのか」
その言葉が終わらぬうちに、ヤスはひと突きでオサを殺した。
「見事なお手並みです、トキ様」
「ふん、縄文人など未開の猿だ、さあマナを引き出してこい、いやわしが行こう」
神殿に向かったトキは、そして念を押した。
「いいか、ニツの矢にも限りがある、遠巻きにして囲め、殺してはならぬ。マナの目の前でわしが殺してやる。ハッハッハッ」
矢も尽き、矛を使いオオカミ人と戦うニツは次第に谷に向かって追いつめられていった。
周到な計画だ、配下の者をムラに送り込んだトキは、自分が信用されるのを待った。次に冬場の食料として囲っていた獣を山に逃がした。ニツたちを猟に向かわせるためだ。精鋭を連れたニツたちはそうとも知らず山へ出かけていった。その隙に女と食料を見返りにして、オオカミ族の兵士をムラに呼び込めば、オグニをひねりつぶすのもわけはない。トキはそう考えたのだ。やがて後ろ手に縛られたニツの前にトキがマナを引きずるようにして現れた。既にマナの腹にはニツの子が宿っているのは誰の目にも明らかだった。
「ニツ、寂しくはないぞ、すぐまた会える。たっぷりこの腹ボテ巫女をいたぶってからなぁ」
「おのれっ、ヤス。お前がヤツらの手先だったのか、騙しおって!」
「ふん、俺の本当の名はトキ。お前にカヤもキツネびとのムラも奪われた『ヤヨイ』のものだ。縄文人のくせに農耕などと、お前たちは獣を殺して食っていればいいのさ、兄者までたぶらかしおって、ほらっ」
トキは短剣をニツの前に投げると縄を側の男に切らせた。
「ヤヨイはお前たちの大弓勝負と違い、剣で戦うのだ、さあ来い巫女とお前の子を取り返したければな、それとも俺に命乞いでもするか?」
ニツは片足を矢ですでに打ち抜かれていたがそれでも剣を取り立ち上がり、愛しいマナを見上げた。
「腹の子が娘なら俺の血は残る、望みはマナを守る事だっ」