1.オグニの一行
東北の縄文人のムラの一つに「オグニ」があった。雨乞いに失敗し、殺された前巫女の祟りか、ムラではそれ以来長雨が続いている。新しい巫女を迎えるため、「キツネびと」のムラへ向かう「オグニ」の一行。この時代、「キツネびと」の巫女は、高値で取り引きされていた重要な「商品」だった。「オグニ」のムラに限らず、東北の縄文人は早くから蓄えのきく木の実を集めたり、簡単な野草を増やし始めていた。そのため特に雨雲をあやつるのに長けていた「キツネびと(元は北の大陸の民)」の巫女を重宝するようになっていた。古来から続く「縄文巫女」、狩猟と採集を主にしていた頃の巫女は「雨乞い(アマゴ)」が苦手であったのだ。
「キツネびと」は北の海が凍りつき、大きな島と陸続きになる冬になると、さらに北、大陸にあるムラを集団で襲う。若い娘をさらってきて、その娘にムラに伝わる呪術を数年間、徹底的に教え込むのだ。それはもちろん縄文人のムラに、巫女が高い値で売れるからだ。
「オグニの方々、お待たせしました」
巫女が連れてこられた。彼らは、今回巫女を二人、連れて戻らねばならない。巫女は呪術が失敗すると即座に殺される、あるいは気候や風土の違いから病気になり、たいていは二、三年で死んでしまうからだ。南の「オグニ」は小さなムラだ。何度も「キツネびと」のムラまで来る余裕はなかった。オグニの一行に「オサ」を警護するために同行していた屈強な若者、「ニツ」という男がいた。「ニツ」はその巫女をじっと見た。
その娘は青い目、色は白く、そして身体の線は細い。肌が浅黒く、眉が太いムラの娘とは違っている。それに髪の毛も薄い茶色だ。
(このムラの娘ではないだろう、きっと北から連れてこられたに違いない。細い体だ。細長い顔に薄い眉、鼻は高く色の白い巫女だ…)
縄文人の素朴さとは違い、白い子鹿のようだと「ニツ」は思った。連れてこられた巫女の値段は思いの外、かなり高く吹っかけられた。
「この巫女は、ムラの筆頭巫女「イリヤ」のお気に入り、渡すのは惜しいのだ」
足下を見られ、オサはムラからかき集めた全ての翡翠に加えて黒曜石を付けた、それでもなかなか承知をしない。(この分では一人の巫女で我慢するしかあるまい……)
オサは「ニツ」にそうそっとつぶやいた。それを聞くと突然「ニツ」は、さっさと帰る素振りを見せた。
「仕方ない、今回は巫女は諦めよう……」
そう言い放つと、その場に立ち上がった。その時初めて「ニツ」は一人の少女が巫女の後ろに離れまいとしっかりしがみついているのを見た。
「あの娘は?」
「あの巫女『カヤ』の妹、名前は『マナ』。まだ修行中の娘だがもちろん素質はある、もし妹も連れて行く気ならついでだから気前よくまけてやろう、そうだなその弓と勾玉を置いていけ」
少し吹っかけ過ぎた、と思ったその男は「ニツ」の気を引こうとしてそう言った。
「ニツ」はそれを聞きだすと、笑って男に言った。
「痩せっぽちだが、いないよりましかもしれんな」
「ニツ」はヘラジカを数限りなく仕留めた大弓を即座に置き、翡翠の勾玉の首紐を思い切り引きちぎった。
「マナ」はそれを見ると微笑んで「ニツ」に近づき、そっと彼の手を握った。それは思いのほか温かい手だった。