流水
舗装されていない道は風が吹くと砂埃が舞い上がる。道端には虫食いで葉が茶色になっている蒲公英が咲いている。この道はあの頃から変わっていない。
「健くんありがとうねえ。きっと守も喜んでいると思うわ。」
守の母親はそう言って目元をぬぐった。今、僕の腕の中には、守の遺骨が入った骨壺がある。守は先々月交通事故にあって亡くなった。赤信号を無視して交差点に進入したところ、右側からやってきたトラックと衝突したらしい。即死だったらしい。
「これでもう本当に最後、なのよね。」
僕の生まれた地域では火葬の後、遺骨は骨壺に入れられ四十九日の間仏壇の前に安置される。別れを惜しむ意味でしばらく側に置いておくのだ。そして今日、骨壺がお墓に安置される。僕はその直前に、最後に守と一緒に歩きたいと申し出たのだった。
「今日はわざわざ東京から来てくれてありがとう。お葬式にはたくさんのお友達が来てくれたけど、納骨にまで来てくれたのは健君だけだわ。」
春先のお昼過ぎは生暖かく湿った空気で満ちている。雪解け水が流れ込んだ川はまだ冷たく、いつもより勢いがある。
「おばさん、覚えていますか。この川。」
僕は橋の上を歩きながら尋ねる。守の母親は遠い目をして答える。
「ええ。確か守と健君はこの川でよく遊んでいたわね。健君たらよくびしゃびしゃになっていたのを思い出したわ。確か今くらいの季節だったわね。」
僕は橋の真ん中あたりで立ち止まって答える。
「そうですね。川の水がとても冷たかったのを覚えています。」
覚えている。あの日のこと。守が、僕を、橋から突き落としたあの時のこと。何度も何度も何度も。
「今日はあの時の仕返しをしに来たんです。」
そう言って僕は骨壺を思いっきり川に放り投げた。宙を舞った骨壺は浅い川底に当たり、弾けるように割れた。骨壺の中身は勢いのある流水に流されてすぐに見えなくなった。