968手間
ようやくぐるぐると回るルートから馬車が外れたと思えば、今までは何だったのかと呆れるくらいすぐに目的の場所に着いたらしい。
らしいというのも首都大司教に促され馬車から降りたものの、車止めの屋根から垂れる幕のおかげで外の景色が見えないからだ。
一応着きましたと言われたのでここが目的地なのだろうが、何とも徹底していると小さく肩を竦める。
いくら幕を見ていても、さしものワシも透視できるわけではなく幕から建物へと目を移す。
陽の光をきっちりと遮る厚い幕とせいで車止めの中は幕に火の粉がかからないようにだろう、最低限の篝火があるだけで薄暗いが、ワシの目にはしっかりと見えている。
ワシが連れてこられた白い石材がふんだんに使われた建物を端的に言い表すならば、神殿風のホテル、もしくはホテル風の神殿、といったところだろうか。
「ほう、これは立派な建物じゃのぉ」
「はい、元は神王猊下のお力を癒すための施設だったと聞き及んでおります、その後は高位の聖職者の修行の場として下賜され、現在でも修行や特別な儀式に臨む際の禊などに使われている建物ですので」
「ふむ、流石に結婚式の為だけに使うわけでは無いのじゃな、それにしては随分と人の気配が少ないのぉ」
「その通りでございます。座下がご利用されるにあたり、通常の修行などに訪れていた者は引き上げさせ、座下の身の回りのお世話をすることになっている者のみが滞在しておりますので」
「そうじゃったか」
なるほど貸し切りというわけか、一人納得していると首都大司教に中に入りましょうと促されたので頷き、彼女の後に続く。
そうして入った建物の中は、聖職者の修行の場、ということもあってか非常にシンプルな、よく言えば清貧を現した様な有り体に言えば飾り気の全くない室内が広がっている。
しかもここを維持する人数が少ないからか、それとも元からなのか、廊下や室内を照らす照明の数が少なく、更に外を見せないために窓もないせいで非常に薄暗い。
絵画や花瓶などの装飾品も一切ないのも相まって、先ほどのホテルや神殿という印象は一気に吹き飛び、病院という単語がワシの頭に浮かんでくる。
しかも消灯時間が過ぎたそれ、人の気配がまばらと言うのもあり寒くも無いのにぶるりと身震いする。
「ワシの部屋は何処かの?」
「こちらになります」
不気味さに押されるように少々早口でワシが問えば、幸いどうかしたのか? などと聞かれることなくワシが滞在することとなっている部屋へと案内された。
ワシが案内されたのは病室のような殺風景な場所ではなく、この建物でも数少ない貴人用の部屋だった。
ここも窓こそ無く取り立てて華美な物はないものの、しっかりと暖炉で暖められた室内に、ふかふかの絨毯、きっちりとベッドメイクされた天蓋付きのベッドと、ようやく人心地ついたような気さえする。
「この様なみすぼらしい部屋ではございますが、何卒ご寛容頂ければ」
「あぁ、よい。これから儀式じゃなんじゃと行うのじゃ、変に華美な部屋も違う気がするしの」
ほっとして思わず漏れ出た溜息を勘違いしたのか、首都大司教が頭を下げるので慌ててワシは彼女の勘違いを訂正する。
「してこの後の予定はどうなっておるかの?」
「はい、儀式などはすべて明朝からでございますので、今日の所はごゆるりとお過ごしいただければ」
食事もこの部屋へと運んで来るらしいので、本当に何もすることは無いらしい。
ワシの世話をする者ということで紹介された者たちが退出していったのを確認すると、ワシはぽふんとベッドに横になりもう少しで結婚式かと今更なことを思い身もだえするのだった……




