967手間
結婚式まであと数日といったところで、ワシとクリスは揃って宮殿より出発することになった。
正確にはワシとクリスは別々の馬車で同じ所だが別の場所に、例えるならば同じ宿舎の女子寮と男子寮に別れてといったところだろうか。
その宿舎で結婚式までの数日間、様々な儀式を行いそして最後に婚姻の儀を行うのが、この国の宗教、神王教の正式な結婚式の作法らしい。
「して、どこまで行くのかのぉ、そろそろ教えてもらってもいいんではないかえ?」
「申し訳ございません。例え座下であられても、儀式の間の場所をお教えすることは出来ないのです」
「そうかえ」
ワシの馬車に同乗した首都大司教が申し訳なさそうに言うが、ワシがこの質問をするのは何度目だろうか。
窓のない馬車に乗り、何度も何度も同じ場所をぐるぐると回られていては、質問も堂々巡りなのも致し方ないというもの。
ただそんな意味のない行動の目的は理解している、彼女の言う通り場所を覚えて欲しくも分かってほしくもないのだ。
その証拠に、同じ場所を結果的にぐるぐると回っているが、馬車の動きは右に左にと不規則に向かっており、多少方向感覚に自信のある者でも自分の行く末を見失うだろう。
だがワシは感覚の鋭い獣人の中でも特に、いや、一番優れているのだ、出発した場所さえ分かっているのであれば、今どこに居るのかを理解するのは容易い。
とは言え別に誘拐された訳でも無く、彼女らの努力を無にしたい訳でも無いので、ワシが道を分かっていることは黙っておく。
「ところで目的地に着いたら、ワシは何をするのじゃ?」
「今日は特段何かを為される必要はございません」
「ふむ、今日はということは、明日から何ぞあるのじゃな?」
「はい、明日より数日、空が白み始めてから陽が顔を覗かせるまでと、陽が沈み始めお隠れになるまでの間、聖なる泉に浸かって頂き、その身を清めて頂きます」
いわゆる禊という奴だろうか、日の出と日の入りの短い間ならば何の問題も無い。
「それだけで良いのかえ?」
「はい、本来であればその間に様々な儀式を執り行うのですが、座下には必要ございません」
「それはよいのぉ」
この口ぶり、恐らくクリスは色々やらせられるのだろう。
朝夕の禊も、ワシにはさして問題は無いがクリスにとっては寒く辛いものになるだろう。
クリスには悪いがワシとしては久々のゆったりとした外泊といった感じで楽しませてもらうかと、文字通りまだ見ぬ目的地に思いをはせるのだった……




