966手間
結婚式の日取りも決まり、さしものワシも徐々に忙しくなってきた。
と言ってもワシの場合は儀式の確認であったり、式を執り行う者との顔合わせ程度なので、そう難しいものでもない。
「この度は座下に御目もじ出来ましたこと恭悦至極に存じます」
「んむ、よろしく頼むのじゃ」
首都大司教だったか、そんな役職名の者が目の前に居るのだが、意外なことに目の前の者は女性だった。
勝手にこう言うのはおじいちゃんがなるものだと思っていたが、今目の前に居るのは柔らかな笑みを浮かべたおばあちゃんだ。
ただ、柔らかな笑みを浮かべてはいるものの、その顔は己の地位に見合ったキリリと引き締まった、如何にも時間に厳しそうな顔をしている。
さぞや若い頃は鋭角的なメガネや教鞭がよく似合いそうな、といえば分かるだろうか。
「必ずや、我ら一同座下のお式に相応しき行いをすることを誓わせていただきたく」
「んむ」
おばあちゃんの仰々しい言葉に合わせ、後ろに居た彼らも大司教とかかなり偉い地位の人のはずなのだが、まるで丁稚か何かのように跪き深々と頭を下げている。
肝心のおばあちゃんは、姿勢だけ見れば歳を感じさせない綺麗なお辞儀だが膝は折っていない。
と言うのも彼女、神王が王の位を公爵家に下賜した際に、自分が膝を折るのは自分より神王改め神だけで良いという風に認めさせたらしい。
厳密に言えば、首都大司教だけはらしいが。
「それでは我々はこれで失礼いたします」
「うむ」
本当に挨拶だけの為に来たのだろう、一言二言だけ言葉を交わすと綺麗なお辞儀をしてから部屋を辞していった。
「フレデリックや、あれだけで良かったのかえ?」
「はい、当日は難しい儀式などは省くそうですので」
「省いていいのかえ?」
ワシとしてはむしろ積み重ねてきそうな気がするのだが、フレデリックは首を横に振る。
「秘蹟などと呼ばれ、大多数が秘匿されているので私も詳しくは知り得ないのですが、婚姻の儀にあたり様々な祝福が本来は必要とのことなのですが、セルカ様の場合は高位の聖職者扱いですのでその必要がないらしいのです」
「ふぅむ、なるほどのぉ。じゃがその場合、クリスはどうなるのじゃ?」
「クリストファー様は必要ですが、祝福は婚姻の儀の前に行われますのでセルカ様はご臨席する必要は無いかと、男女でも儀式が違うともおっしゃられておりましたので」
「ほほう、クリスには悪いが面倒が無いというのはありがたいのぉ」
儀式というと長時間じっとして祝詞などを聞いたりしないといけないようなイメージがあるので、その手間が無いというのはそれをしなければならないクリスには悪いが思わず上機嫌になるくらいにはありがたい。
兎も角これで結婚式に向けて秒読みといったところか、様々なことがあり延びに延びた結婚式であるが、ようやくかと感慨深いものを感じワシは大きく息を吐くのだった……




