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覚悟がどうのと言ったところで、怨み辛みなどクリスが受けるのはまだまだ先だろう。
先の戦でも普通ならば有象無象が有象無象を破るのであって、それを一身に受けるのは将として参加した者だろうが、だがあの戦ではそれ以上にワシが暴れ回った。
当然、指揮をしていた者よりも直接手を掛けた者の方が怨まれる、誰かが分かっていたのならば尚更だ。
とは言えそれは国外のこと、しかもこちらが勝った相手だ、そう気に病む必要もない。
そして国内の怨みも恐らく今ワシが受けているであろう、何せワシはクリスの婚約者、一体何人の令嬢がハンカチを噛んでいる事か。
「まぁなんじゃ、クリスはそう悩む必要は無かろうて、しばしワシが怨みを引き受けるからの」
「だが」
「なに、クリスが気にする必要も気に病む必要も無いのじゃ、何せワシはその手のことには慣れておるからの」
「慣れているのかもしれないが、セルカを人の悪意に晒すなど、紳士としてありえない」
「んふふ、その気持ちは嬉しいがの、人の悪意なぞ形をもって襲ってこなければ何するものぞ。いや、ワシにからすれば襲って来ようとも、微風にも劣るものじゃ、それにワシを襲ってくるのであれば打ち破るも容易いからの」
「確かにセルカならばそうなんだろうけども、やはり心配だよ」
心配されるのは悪くない、だが無用の心配をさせるのも悪いと思う。
ただワシを心配してくれるクリスを思うと、何やら無性に嬉しいものがある。
「ま、実際に行動に移すようなもんはおらんじゃろうがの、本の物語じゃと、お茶会に招いて毒を盛ったり暗殺者を送ったりとあるじゃろうが」
「なるほど、気を付けなけいとね」
「いやいや、気を付ける必要は無いのじゃ、誰がやったかは気を付ける必要があるがの。毒を盛る? ワシに毒など効かぬ。暗殺者? そもワシに刃は効かぬ。さてこれで何かを心配する必要があるかの?」
「確かにそうなんだけれども、やはり心配してしまうよ」
両方とも実績があり、特に後者に至ってはクリスは実際に知っているだろうに、ワシを覗き込む瞳には心からワシを心配している色が見える。
「さてさて怨み辛みなどと辛気臭い話は、仕舞にしようではないかえ」
流石にじっと見られ続けるのは照れるので、パンパンと手を叩きワシは強引に話を変える。
無理な話題の転換だったが、クリスも辛気臭い話はお終いにしたかったのか、その後は暖炉の前で久々にのんびりと他愛のない話に花を咲かせるのだった……




