964手間
クリスは暫く悩んでいた様子だが、ふぅと大きく息を吐くと首をゆっくりと横に振る。
「僕にはそんな決断は無理そうだ、しかしそれが必要な時はセルカ、僕の背中を押してくれるかい?」
「んむ、任せるがよい。まぁ、そもそも極端な例じゃし、辺境の村であればその一帯の領主がまずそう判断するじゃろうからの」
「それで、この話のどこが怨まれる覚悟を持てという話と繋がるんだい? 確かに人に怨まれそうな話ではあるが」
「む? そうじゃったな、ちと極端な話過ぎたかの? もし、その村の出身の者が他の場所におって、村が焼き払われたと知れば、怨まれるじゃろうのぉ」
「それは、たしかに」
「例えその村を焼き払ったのがその村の村長自身だとしてもじゃ、それを知らねば怨まれるのは上の者じゃ、例え一切関与しておらんでも怨まれるのが上の者というものじゃの」
これもこれで極論ではあるが、誰を怨んでいいか分からぬ怨みというのは上に上にと向かってくる。
「なるほど、つまりその怨みをしっかりと受け止めて善政を布けということか」
「いや、人の怨みなぞ受け止める必要は無いのじゃ、これはワシの考えじゃからクリスもそう考える必要は無いがの、怨みなんぞの穢れきったマナ受け止めても碌なことにならぬ。じゃから怨みを受け止めるというのであれば、その怨みの中から何故だけを抜き出して考えるのじゃ。何故、そやつは怨んでおるのか、何故怨まれたのかということをの、怨みそのものを受け止めても碌なことにならぬ」
「何故だけを……か」
「んむ、怨みとは大抵が煮詰まった怒りじゃ、凡そまともに対処しようとするのが間違いじゃからの。冷徹に見えようと時に誰かに怨まれるであろう判断をし、怨みを向けられた際はしっかりと冷静に何故を考える、これがワシの考える怨まれる覚悟というやつじゃの。あぁ、むろん暴君が暗君になれということではないからの」
「そうか、しかし、すぐには無理そうだな」
「無理してすぐにそう考える必要もないじゃろうて」
クリスがそう言った判断をする必要がある場面は当分来ないであろうし、早々あって欲しいものでもない。
所詮もしもの時の心構えに過ぎないのだから、無論怨まれることなく過ごすのが一番であろうが、クリスの立場上それは不可能であろう。
「セルカは、セルカはそんな風に人に怨まれたことってあるのかい?」
「ワシ? ワシかえ? それはむろんこんな性格じゃしの、怨みで国が興るとしたらそれはもう、一つ二つではきかんじゃろうな。子の仇、親の仇と言われたことも数知れず、といってもそう言ってきたのは盗賊じゃから笑い転げたがのぉ」
「そ、それは、仇をとるために盗賊に身を窶したということでは?」
「ワシもそう思うて聞いたんじゃがのぉ、そう言ってきたもんの親も子も盗賊としてワシが処断した奴じゃ、ま、怨みなぞ大抵は本人にとっては正当なものであっても他者からすれば滑稽なものじゃ」
「なるほど……」
「じゃからの、他者から見ても、その怨みは正当であると、そう思われることだけはするのではないぞ?」
そうなる前にワシが止めるがという言葉を飲みこんで、真剣な声音でクリスにそう告げれば、クリスも分かっているのだろうゆっくりとしかししっかりと首肯するのだった……




