963手間
今日は久々に、クリスと二人きりでというお誘いを貰った。
確かに、最近はずっと子狼たちと一緒に居た、それに子狼たちを飼育員の男の指導もあり、侍女や使用人たちに任せることも出来るようになった。
だからワシも良い機会だとクリスの誘いを受け、クリスの部屋で久々に二人っきりでのんびりとすることにした。
無論、部屋の内外には侍女や近衛が侍っているのだが気にしてはいけない、彼らは貴族的には人数に入らないのだから。
「こうのんびりするのも久々じゃのぉ」
「そうだね」
今日は少し肌寒いらしく暖炉の前にソファーを二脚、間にティーセットを置くための小さな丸テーブルを挟み、ソファーに真っすぐ座ると暖炉の手前でワシとクリスの視線が交わるような形でソファーをハの字に置いて、二人で少し体を捻りながら会話する。
侍女や近衛たちは離れた壁際に、澄ました様子で立っているのでワシらの会話が聞こえない、例え聞こえたとしても聞こえていない。
「しかし、わざわざこの様なことをするのじゃ、のんびりするだけでは無いのじゃろう?」
「はは、まぁ、ね」
わざわざそういう風に、如何にも秘密の会話がしたいといった雰囲気の中、十分のんびりとしたところでワシがそう切り出せば、クリスは照れたような困ったような表情でぽつりぽつりと話し始めた。
「今、僕が色々学んでいるのは知っているよね?」
「んむ、頑張っておるようじゃな」
「その中に、上に立つ者としての心構えなどもあってね」
何を言いよどんでいるのだろうかと首を傾げたくなるが、我慢してワシはクリスの言葉にふんふんと頷く。
「そこで人から怨まれる覚悟を持てと言われてね、何となく分かりはするが、やはり何となくでしか無くてね」
「なるほどのぉ、それでワシに聞きたいと?」
少し間を開けてクリスがゆっくりと首を縦に振る。
「ふぅむ、人の上に立つということは、時に人から怨まれる決断をせねばならぬ時もあるからのぉ」
「例えば?」
「例えば、そうさの。どこぞの辺境の村ですさまじく感染力が強く、ひとたび罹れば致死の病が流行ったとするじゃろう、その時クリスはどうするかえ?」
「うぅん……そうだね、病の原因や治療法を探す?」
「それも必要じゃろう、しかしその病は枯れ野の火の如く広がるとすればじゃ、すぐにどうにかせねばならぬ、さてどうする?」
「その村を封鎖する」
「で、その後はどうするのじゃ?」
そこまでワシが言うとクリスは腕を組み、どうにか解決法を見出そうとうんうんと唸り始めた。
「これからワシの言うことは極論でしかないがの、その村を焼くのじゃよ、罹っておる者も罹っておらん者も含め全ての」
「なっ、それは」
「もしそういう病が流行ればそうせざるを得ぬじゃろうて、特効薬などすぐに出来るものでなし、そも出来るかどうかすら分からぬ。為政者ならば小を無常に切り捨てることも必要じゃ、じゃからこそ怨まれる覚悟を持てということじゃな」
クリスの知らぬ歴史を知る者としては、病を封じ込めるなど不可能ということを理解しているし、何よりどれ程治療法が増えようと消せぬ病もある。
それより遥かに劣る力しかないここでは、さてどう考えても不可能である。
クリスはどんな反応を返してくるのか、俯きワシからはその表情は見えない、出来れば上に立つ者として相応しい反応を返してほしいと願いながら、ワシはクリスの言葉を待つのだった……




