962手間
にがにがと嫌な顔をしながらも、ちゃんと煎じ薬を飲んでいる子狼を撫でていると、飼育員の男が戻って来た。
その手にはオートミールに薬草を混ぜたような、何かが入ったボウルを手にしている。
「お、お嬢様、何を飲ませているんで?」
「ん? あぁ、虫下しと腹痛の薬じゃ、そういうおぬしの手にあるのはなんじゃ?」
「え、えぇっとこれは、腹痛を和らげる薬草やらが入った粥ですが」
なるほど、それを用意するためにここに居なかったのかと納得する。
ワシのように直接動物たちに症状を聞ける訳では無いので、普通ならば彼みたいに曖昧な対処法を取るしかない。
「もしご無礼でなければ、えっと、どうやって、後学の為にその、虫下しを飲ませてるのか教えて頂いてもよろしいでしょうか?」
「んむ、構わぬが後学の為にはならんと思うがの、ワシはある程度じゃが、動物たちの言葉とでもいえばよいかの、それが分かるからの」
「なる、ほど、それは何とも羨ましい。猟犬を育てているときに、何度彼らの言葉が分かればと思ったことか」
「おお、そうじゃ丁度良い、もしかしたら既に聞き及んでおるかもしれぬが、おぬしに獣人とも限らぬが、犬を育てれる者を育ててほしいのじゃよ」
ことんと手に持っていたボウルを床に置き、男は存じていますと首を縦に振る。
「私としても同好の士が増えるのは嬉しいです、ので、その為にならば微力を尽くすことに否やはありません」
「んむ、すぐにという訳ではないからの、気長にやるとよい」
「そう言って貰えれば気が楽になります」
「んむんむ」
やる気があることは良いことだと、ワシは満足げに数度頷く。
それに性急に結果を求めることもない、生き物を育てる者を育てるのだから、しっかりと時間をかけて後続を育ててもらいたい。
まずは子狼たちの世話をしている侍女や使用人たちに、きっちりと教えてもらいたいところだ。
じゃがまずは子狼たちに聞かせることがあるなと、くるりと向きを変える。
「さてと、皆おいで、おぬしは身をもって理解したと思うが、不用意に気になったものを食べてはいかんぞ?」
きゅんきゅんと、特にひどい目に遭った子は強くわかったとワシの言葉に返事する。
「おぉ、この子たちはもう人の言葉を理解するのですか」
「ふふん、賢いじゃろう?」
子狼たちも自分たちが褒められたのが分かったのだろう、まだお腹が痛くてダウンしている子を除き、前足を揃えたおすましお座りのポーズでふふんと鼻を鳴らし、その様子をみてワシは相好を崩すのだった……




