961手間
飼育員の男が来て早速というか、不幸中の幸いとでもいうか子狼たちの内一匹が体調を崩したという知らせを受けた。
怪我などではないということなので、アニスにワシの作った幾つかの内服薬をもたせ狼屋敷へと急ぎ向かう。
「この子じゃな?」
「はい、今朝外で遊ばせたのちに急に体調を崩しまして」
きゅうきゅうと苦しそうに鳴く子狼の傍にしゃがみ込み、今日の担当である侍女に話を聞く。
他の子狼たちも、今はじゃれるでもなく心配そうにうずくまる子狼の周りをぐるぐると回っている。
「ふむ、あの男の見立てではなんと?」
「恐らく、とのことでしたが、お腹を壊されたのかと」
「なるほどのぉ、してその肝心の男は何処へ行ったのじゃ?」
「そ、その、原因が分からないので放っておくしかない、と。何が原因か分からない以上は下手に薬などを与えるとかえって症状を悪化させるからとのことで、決して仕事を放棄している訳では」
「一理あるの」
確かに似たような症状でも、原因によっては正反対の処置をしなければならないモノもある。
それに彼は庶民だ、腹下し程度で薬を使うという発想が無いのかもしれない。
「兎も角、直接聞いてみるかの」
さっきから子狼は、おなかいたいーと鳴いているので、飼育員の見立てが正しいのが分かる。
そんな子狼をいたわるように指の甲で優しく頬を撫でながら、優しい声音で話しかける。
「もう大丈夫じゃからのぉ、どうしておなかがいたくなったか、おしえてくれるかの?」
きゅうきゅうと弱々しく鳴く様は、苦しんでいると分かっていても思わず悶えそうになるほどのかわいさだが、今はぐっとこらえて子狼の声に耳を傾ける。
そとであそんでたら
ぴょんぴょんいて
たべたら おなかいたい
「ふむ? ぴょんぴょんとはなんじゃ?」
ぴょんぴょん
当然というか言葉を操っている訳では無いので、子狼の思念といえばよいだろうか、それは曖昧でよく分からない。
すると周囲の子狼たちがぴょんぴょん、ぴょんぴょんと鳴きながら跳ねまわる。
「あぁ、もしかしてバッタかのぉ」
多分周りの子たちはバッタの真似をしているのだろう、傍から見れば苦しむ子の周囲で謎の儀式をしているようしか見えない。
とりあえず虫を食べて腹を下したのならば、虫下しと腹痛を止める薬を飲ませておくかと、アニスに持たせている薬箱から該当の物を取り出し煎じて飲ませるのだった……




