959手間
噂をすれば影が差すとはよく言うが、多分に漏れずワシとクリスの話題に上ってから数日後にやって来た。
ただワシの想像していた者と違う者だった。
「ふむ、おぬし、ワシが狩猟小屋で会った者とは違うようじゃが」
「はっ、アレは私の息子でございます。此度、王太子殿下のお招きにあたり、息子に家督を譲り馳せ参じた次第にございます」
「ほう、そうじゃったか」
なるほど、確かにそれなばら引継ぎなども全て上手くいくだろうし、家督を譲れるほどの実力を持つ息子を育て上げた実績もある。
「何故招かれたかは知っておるの?」
「はい、殿下のご婚約者様が飼われていらっしゃる猟犬を育てると」
「んむ、仔細は違うが概ね似たようなものじゃな、とりあえず何を飼うておるが見てもらうかの」
首を垂れる男を引き連れ狼屋敷の前までやって来る。
「この中、でございますか?」
「んむ、その通りじゃ」
狼屋敷を前に唖然としている男の姿に口角を上げながら、屋敷の扉をアニスに開けさせる。
その瞬間、待ってましたとばかりに飛び出してきた子狼たちが、ワシ目掛けて突進してくる。
「こっこの子たちですか、いや実に立派な……っ! こ、この子たちは犬ではありませんぞ!」
「おぉ、よう気付いたの、然り、この子らは狼の子じゃ」
「お、狼ですか」
かわいらしい子狼たちに、好々爺の如く目尻を下げていた男が、子犬では無いと気付くと一転、焦ったような声を出す。
「そういえば、息子からご婚約者様が狼の子を拾ったと聞きましたが、もしや?」
「んむ、その狼の子の子じゃな」
「無礼を承知で先に申しておきますが、私が今まで育てて来たのは猟犬、要は犬であります、狼と大変よく似ておりますが違うモノと私は考えております、故にお力になれるようなことは」
「よい、その辺りはワシも分かっておる、しかし、何ぞ病気になった際の対処やしてはならんことは似ておるはずじゃ、じゃがそれをワシらは知らぬ、じゃからおぬしを呼んだという訳じゃな」
「はっ、不肖の身でありますが、ご期待に沿えるよう微力を尽くす次第にございます」
男が深々と頭を下げる相手は、子狼たちにじゃれつかれているという何とも締まらない状況だが、これでこの子たちに何かあっても狼狽えるばかりでは無いとほっと胸を撫で下ろすのだった……




