958手間
子狼たちを里親に騎士や、有閑で裕福な貴族などの下になってもらう。
そしてその飼育係に獣人をあてがい、雇用の増加や地位向上を目指す。
思いつきではあるが、これはなかなか悪い手では無いのではないだろうか。
飼育係であれば裏方の仕事であるし、多少のマナーさえなっていれば誰でも、いや……出産や病気などは確実に直面する問題であろうし、そこは専門家の知識が必要か。
「ふむ、やはり専門家を呼ぶしかないのぉ」
「専門家? 何のだい?」
思わず呟いてしまった言葉を、傍にいたクリスが首を傾げながら聞いてくる。
「いや、この子らが病気になった時の為にの、それと将来里親の下に出す際にも飼育する者に教えねばならぬじゃろ、じゃからその為に狼ではないが猟犬を飼っておる者に色々教えてもらわねばとの」
「なるほど、確かに人の医者ではダメだろうしね」
ワシの傍や宮殿の裏に生えている聖樹の近くならば、そうそう病気になることも無い。
だが、それ以外の場所では、病気になるのは確実に構えていなければならないことだ。
「フレデリックや、ライトの出産のときに猟犬の飼育しておる者に手紙やらを送ったはずじゃろう? アレはどうなったのかえ?」
「その件でしたら、恐らくという話にはなりますが、順調にこちらからの手紙が先方に届いているのでしたらば、現在こちらに向かっているところではないでしょうか?」
「ふむ、向こうが断っておるということはないかえ?」
「それはあり得ないでしょう」
フレデリックは相当の自信があるのだろう、ワシの言葉を確信をもって否定するような声音だ。
「手紙の内容は、強制するような話ではなかったと思うのじゃが?」
「確かにそうではありますが、王家からの、しかも自分にとって栄達となり得る話を断る者はおりません」
しかし、自分の仕事の都合などもあるだろう、権力とあまり関わるのも面倒と思うかもしれない、だがそのワシの考えをフレデリックは否定する。
「己の職務を全うするためにというのは実に好感が持てますが、その理由もまず無いでしょう、ましてや面倒だからなどと、陽の目をみない己の仕事が王家に認められたようなものです、喜びこそすれ面倒だなどと、その様な理由で断ることが出来るのはセルカ様くらいなものでしょう」
「ふぅむ、まぁ、ワシとしては来てくれるのならばありがたいがの」
確かに、猟犬を飼育した者を褒めるなぞ、余程狩りか猟犬が好きな者くらいであろう、しかも基本的に相手は貴族、そうそう気軽に褒めてくれるわけがない。
そこへ王家に「君、いい仕事してるね、ちょっと王家の下で仕事してみない?」と聞かれる訳だ、確かに普通は喜び勇んで行きそうだ。
それならばワシや聖樹の近くに居たとしても、子狼たちが万が一病気になっても安心できるなと自分でも知らぬ内に危惧していたのだろう、心底安心したようなため息が己の口からもれるのだった……




