953手間
子狼たちが産まれてから更に一週間たち、子狼たちはしっかりとワシの言葉も理解できるようになってきたので早速クリスを呼ぼうと思ったのだが、まずは自分たちが安全を確かめてからとアニスやフレデリックを筆頭とした侍女や使用人たちに、先に子狼たちをお披露目することになった。
とは言ってもぞろぞろと引き連れて行けば慣れるものも慣れない、まずはワシの傍に居ることの多いアニスとフレデリック、そして狼屋敷を担当している侍女と使用人を一人ずつ連れて屋敷の中へと入る。
そんな彼らを待っていたのは威嚇の声、ぐるるるると低く唸るような音に侍女がヒッと息を呑む。
子狼たちの威嚇と侮るなかれ、流石に大人ほどの迫力は無いが、それでも十分に武の心得がない者の足を竦ませる、恐ろしい狼たちの唸り声に聞こえる。
「ほれほれ、やめんか。この者らはおぬしらの世話をしてくれる者じゃからの」
ポンポンと子狼たちの注目を集めるようにワシが手を叩いて子狼たちに近づけば、ほんと? とでも言いたげに子狼たちが一斉に首を傾ける。
その様子にアニスと侍女が、今度は何かを抑えるかのように口元を抑えふっと息を呑む。
「これは何とも、子犬、いえ、子供の狼を見るのは初めてですが、これほどまでに可愛らしいとは思いませんでした」
「そうじゃろう、そうじゃろう」
かわいいものに興味が無さそうなフレデリックにまで可愛いと言わしめる子狼たち。
ワシが手ずから洗ったお陰でふわっふわのその体は、前足を揃えちょこんと座っていることもあって、尻尾がぱたぱたと揺れていなければ出来の良いぬいぐるみにしか見えないくらいなので、現にかわいらしいものに目がない者は息を詰まらせて悶えている。
「あぁ、そうじゃ。ここの掃除などをする時は、なるべくこの子たちに近づかぬようにの」
かまえかまえとワシの足元でぴょんぴょん跳ねては、ぽてぽてこけている子狼たちを起こしたり撫でたりしながら首だけを後ろに向けアニスたちに言う。
彼女らは口では「かしこまりました」と言っているが、その表情が、なんで、と雄弁に物語っている。
「この子らはおぬしらにまだ慣れておらぬ、近寄ってこの子らに噛まれたら、まぁ、まだ乳歯が生えたばかりじゃからそう酷い事にはならぬじゃろうが、アイオやライトに噛まれたくはなかろう?」
アニスらは狼に噛まれたところを想像したのだろう、顔を蒼褪めさせつつこくこくと首を縦に振る。
「この子らが慣れたら、見ての通り好奇心旺盛じゃからの、勝手に近づいてくるじゃろうて。それまでは我慢するのじゃぞ、決して無理に触れぬ様にすることじゃ」
「かしこまりました、他に何か私どもが気をつけることはございますか?」
「ふむ、そうじゃな。あの寝床、タオルが一杯敷いてあるが全部はいっぺんに洗わぬことじゃ、寝床の臭いが消えてしまうと子狼たちが不安になってしまうからの」
ライトが乗れる大きなクッションの上に敷かれたタオルたち、毎日アイオをはじめ子狼たちを洗っているのでそこまで汚れてはいないが、決してそのままにしてよいと思うような綺麗さではない。
侍女としてはいっぺんに交換して新しいのに交換したいところだろうが、それでは安心できる寝床の臭いが消えてしまう。
野生の獣、子狼たちは存外この手の臭いが消えるということに弱い、だからこそ侍女としては受け入れがたいであろうが子供の為である、そこは少々我慢してもらいたい。
「かしこまりました、乳母ではありませんでしたが赤子の子守をした経験がございますので、心当たりがございます」
「ふむ、なれば話が早いの」
確かに人の赤ちゃんもお気に入りタオルなど、どんなに汚れようと取り上げられることを嫌がることがある。
うんうんとワシは頷きつつ、そういえば注意する相手はまだ居たなと向き直る。
「おぬしらも、この子らに危害を加えられそうな時以外は、あの者らに不用意に威嚇したり攻撃したりせんようにの、わかったかえ?」
アイオとライトが揃ってわかったと吠えるのを聞き、これで大丈夫じゃろうと大きく頷くのだった……




