952手間
子狼たちの離乳食の問題は意外にも簡単に解決した。
いや、意外でもなんでもないか、当たり前に解決したと言った方が良いだろう。
ライトが自分のエサを、どうやってかは省くが離乳食のようにして子狼たちに与えたのだ。
その様子を最初に見た時は無造作に床に離乳食を置かれたので、衛生面やら見た目やらを考慮して、子狼たち用のお皿に置くように指示しておく。
「ふぅむ、ライトのエサを少し多めにしてもらうかの」
むちゃむちゃと子狼たちが夢中で食べてるものをなるべく見ない様にして、自分のエサを食べているライトを見やる。
今はまだお乳の割合の方が多いので大丈夫だが、後々その割合が逆転してきたら今の量ではライトの食べる分が殆ど無くなってしまう。
ライトは授乳やら出産やらでかなり痩せてしまっている、だからこそしっかり食べてもらいたいので様子を見つつエサを増やしてもらうかと一人ごちる。
そんなことを考えている内に子狼はお皿に盛られた離乳食をすっかり平らげて、お腹が膨れて眠くなったのかひと塊になって、くう、すぷうと寝息をたてはじめた。
寝入ってからしばらくは大人しかったのだが、だんだんと寝相というか夢の中でも遊んでいるのだろうか、たしたしと他の子を蹴ったり足で宙をくるくるとかいたりして、ただ寝ているだけだというのに見ていて飽きない。
それにしてもこう見るとまるっきりハスキーの子犬といった感じだ、両親とも純粋な狼で紛れもなく狼の子供のはずなのだが仲良く寝ている姿を見て、この子たちが凶暴な狼だと気付く者がどれだけいるか。
それだけ愛くるしいということでもあるのだが、いやしかし本質は狼、侍女や使用人たちがこの愛くるしさにころりと騙されて怪我をしないよう今の内に彼らに注意を、子狼に躾をしておくかと考えるが、だらりとお腹を見せて寝ている子狼たちの姿に苦笑いする。
「これは騙される者が多いじゃろうのぉ」
ふと横を見れば流石に腹は晒してないが、アイオとライトが仲良くこちらも眠っている。
如何にも周囲を気にしてないその様子に、これはそろそろ侍女や使用人たちを近付けても大丈夫だろうかと首を捻るが、あと一週様子を見ようと一人頷く。
アイオたちが無警戒なのはひとえにワシだから、彼らにとってワシは居心地のよい木漏れ日を落す大樹のようなもの。
たとえどんなに警戒心の強いモノだろうと、大樹に怯えたり攻撃するモノなどいない。
ひとしきり子狼の寝姿を眺めたワシは立ち上がり、普段は子狼たちの遊び場になっている暖炉近くのソファーへと腰を下ろす。
子狼たちが入らないよう細かい柵で囲まれた暖炉からはパチパチと泥炭が弾ける音が聞こえ、他にはくう、すぷうという子狼たちの寝息だけが部屋の中に漂う。
狼たちが遊び回れる大きな部屋に見合った大きな暖炉であるが、今は柵に阻まれその火は柔らかく皆寝てしまったこともあって、何とも言えぬのんびりとした時間が過ぎてゆく。
そんな空間の中に居れば眠気に惹かれるのも時間の問題で、ソファーの肘掛を枕にワシもそう間を置かず、すうすうと寝息をたてはじめる。
「んっ、むぅ。寝てしもうたか……」
横になっていたソファーから上半身を起こし、左手で右手首を掴んで、ぐぐっと天井に向けて伸びをする。
くきくきと首をほぐすついでにどれほど寝こけていたかと周囲を見回せば、ワシがここで寝てからさほど時間が経っていないのか、暖炉の中の泥炭はさほど形を崩していない。
アニスらはワシの言いつけをしっかりと守りこの狼屋敷には入ってこない、だからワシがすっかりと寝てしまい夕食を逃そうと誰も教えに来てくれない。
ちらりと外を見ればまだまだ明るく、一食逃すということはなかったようでほっと胸を撫で下ろす。
いくらワシが一食二食抜いたところで問題ないとはいえ、食事は一日の楽しみだ、それを逼迫した理由なく抜く意味も無し。
アイオたちがぐっすり寝ているのを確認し、彼らの分の夕食を置いてやるとさて自分の夕餉はどんなものだろうかと、足取り軽く狼屋敷を後にするのだった……




