950手間
子狼が産まれてからワシは食事や寝る時などを除き、殆どの時間を狼屋敷で過ごしている。
子狼たちはまだ目が開いていないからか、たまに這いまわることはある程度でワシが想像していたものよりかなり大人しい。
体を洗うために持ち上げたりもするのだが、まだまだ足もふにゃふにゃで歩くことは出来ない様でそれもあって手が掛からないという印象だ。
人の赤ちゃんのようにしきりに泣くということも無く、一日の殆どを寝て過ごしている。
だからといって別に弱々しいという様子もなく、産まれた直後にライトのお乳を飲んでいるので病気もたぶん大丈夫だろう。
「んふふふ、それにしてもかわいいのぉ」
寝ている子狼の鼻先に指を近付ければ、寝ながらもふんふんと鼻で指先を探っては、パクリと食いついて指をちゅうちゅう吸ってくる。
ライトもくうくうと子狼を囲うような姿勢で寝ていて実に平和な光景だ。
若干離れた場所で同じような姿勢で、しかし不貞腐れたように寝ているアイオの姿は父親の悲哀というものだろうか。
何せ子狼は目どころかまだ耳も塞がっているようで、匂いを覚えている母親のライトかワシ以外が近付くときゅうきゅうと助けを呼ぶせいで、ライトに近付くなと威嚇されているのだ、不貞腐れるのも当然か。
ワシが子狼に拒否されないのは、ワシの発するマナが心地よいからだ、指をちゅうちゅう吸って来るのもお乳と勘違いしてるのもあるが、マナを吸収したいからでもある。
アイオからは羨ましそうな恨めしそうな目を向けられるが、かわいい子狼の姿を見れることに比べれば些細なこと、子狼の目や耳がしっかりしてくるまではアイオには我慢してもらう他ない。
「さて、今日はここまでにしておこうかの」
アイオたちを起こさない様に気をつけながら、エサを持ってきた籠や樽などを片付け狼屋敷を後にする。
いつも通りやや離れたところで待っていたアニスを連れて、夕食を食べに宮殿の食堂へと向かう。
こちらもいつも通りクリスと二人で食事をとり、食後に子狼たちのことを話すのがここ数日の日課となっている。
「いやぁ、やはり赤ちゃんというのはかわいいのぉ、動きや見た目もじゃが、目も耳も開いておらぬというのに、母親を間違えぬというのも実にかわいらしいのじゃ」
「目も耳もダメなのに、どうやって母親を、こう、認識しているんだい?」
「鼻じゃな、あとは温度やマナを感じ取っておるのやもしれん」
「なるほど、しかし、セルカの話を聞いているとどれ程かわいいのか、ますます会いたくなってくるな」
「うぅむ、会わせてやりたいところじゃが、あまり知らぬ者に出会うと子狼のすとれす、何と言えばよいかの、こう緊張して成長に悪いのじゃ。じゃから産まれてからひと月くらいは無理じゃの」
「そう、か。子供の成長に悪いと聞けば、無理に見に行くのは気が咎めるな」
クリスが心底残念そうにするのでワシも悪い気がするが、ここは子狼の為に心を鬼にするしかない。
それに産まれた直後の目も耳も開いてない状態もかわゆいが、やはり体もしっかりしてきてぬいぐるみのような可愛らしさが出てくるひと月後ぐらいが、恐らく万人がかわいいと思う時期だろう。
大体その位の時期になれば周囲のことを理解できるようになるし、クリスや侍女、使用人たちを自分たちの敵ではないと教え込むのにも丁度いい。
その頃になれば元気に遊び回るようにもなる、子狼たちが文字通りころころと転げまわる姿を想像し、楽しみだ楽しみだとワシは頬を緩めるのだった……




