947手間
ワシの部屋の前まではドタドタと慌ただしくやって来た足音だが、部屋の前の近衛と話しているのかしばし静かになった後に、先ほどの足音は打って変わって落ち着いた様子のノックの音が響く。
近衛が止めてないので問題は無い人物の訪問だが、いつも通りアニスが扉越しに誰何するのを待つ。
そうして部屋に入って来たのは侍女の一人で、うやうやしくワシへと礼をする。
「突然の訪問申し訳ございません」
「かまわぬ。してなんぞあったのかえ?」
「はい、それが……」
少しだけ目を逸らし、やや話し辛そうにしながらも侍女が話す所によると、今朝からライトの体調が思わしくないらしい。
ワシが妊娠と見た頃には狼にもつわりでもあるのか、かなり機嫌が悪くえずいたりしていた頃はこうやって頻繁に侍女が報告というか、どうしましょうかとやって来たものだ。
そしてパッとみて分かるほどお腹が張って来たライトはつわりが収まったのか、最近は寝床でのんびりと過ごすことが多く、侍女がやって来ることも無かったのだが……。
「今朝よりお部屋の中をしきりにうろうろし始め、床を引っ掻くようになりまして。当初はつわりが再発したのかと思っておりましたが、上手く言葉に出来ないのですが何やらおかしいと思い報告に参った次第にございます」
「ふむ、もしかしたら産まれそうなのやもしれんの。……よし、ワシが行こう、おぬしは産婆の助手の経験がある者を集めてまいれ」
「かしこまりました」
ベテランの侍女ともなると産婆の真似は出来ずとも、取り上げた子の対応や血に慣れている。
普通こういうところは全て侍女や使用人たちに任せるのが令嬢というものだろうが、完全に人に慣れている訳では無いライト相手、しかも子供が産まれるという一番気が立っている時期だ、ワシ以外近づけない可能性の方が高い。
はしたなくない程度の急ぎ足で狼屋敷へと向かえば、やはりというか入り口を囲むように侍女や使用人たちが集まり困っているところだった。
「中の様子はどうじゃ?」
「申し訳ございませんお嬢様、扉を開けるとアイオ様が吠えてきて、先ほどから中の様子は……」
「ふむ、やはり子が産まれそうなんじゃな」
「恐らくは、ですのでお湯などを用意して差し上げたいのですが」
「わかった、後はワシに任せてもらおうかの」
やはりベテランの侍女や使用人の中にはライトがどういう状況か、人では無いものの分かったのが居たのだろう。
すでに狼屋敷の入り口付近には、産湯に使う桶やタオルが用意されていたが、近付くことはおろか中に入ることも出来ずワシに助けを求めに来たのだろう。
ワシは空の桶とタオルを受け取り、極力ライトが人の気配を感じぬよう少し狼屋敷より遠ざかって見守るよう指示を出す。
「さてと、ワシだけで対処できればよいのじゃが」
ワシは一人ごちると狼屋敷の扉を開ける、するとワシの気配を感じ取っていたのか、扉の前で待っていたアイオが一度ワシの足に頭を擦り付けると、案内するように今にも子が産まれそうな、いきむ姿勢になっているライトの下へと向かうアイオを追いワシもライトの下へと向かうのだった……




