943手間
アニスの手により、胸元にサファイアが輝くネックレスを着けられてワシの着替えは完了。
普通の令嬢ならば、さらにここから髪を盛ったりして時間が掛かるのだが、ワシにその様なことは不要。
ドレスを着る際に尻尾を出すのに少々手間取ったくらいで、ワシの身支度の時間は短いと言えよう。
風呂に入ってる時間も含めたのならば、すさまじいまでの手間のかかる女じゃが……。
そして体を捻ったりして全身を見ていると、着付けに参加していたドレスデザイナーの一人がすかさず誉めそやす。
「流石お嬢様、よくお似合いでございます。この度は戦勝記念ということで猊下の炎をイメージしたデザインなのですが、お嬢様の白い御髪やお肌、尻尾に映えお嬢様の美しさをますます引き立てております」
褒められた直後は鼻も高くなるというものだが、よくぞここまでと思うほど立て板に水をぶちまけたかの如く、つらつらとドレスの工夫した点などを喋られると流石に辟易してくる。
確かにドレスのデザインを崩さず、無理せず九本の尻尾を出す尻尾穴などは苦労させたと思うが、流石に糸がどうのこうのとまで話し始めると蛇足が過ぎるのでは無いだろうか。
ワシの不機嫌さを感じ取ったのか、それとも自分ももう辟易してたのか、デザイナーの話をアニスが止めようとした時、丁度良くというには少々遅いがノックの音が部屋へと響きようやくデザイナーの話が止まる。
すすすすっと部屋の隅へと移動するデザイナーや着付けをしていた侍女を尻目に、アニスが部屋を訪ねてきた者の相手をする。
とは言えこのタイミングでこの部屋にやって来る者など、誰何するまでも無く誰か分かろうというもの。
「用意が終わったと聞いて迎えに来たのだが、あぁ、セルカ、よく似合っている綺麗だよ」
「んふー、当然じゃろう」
ワシの部屋にやって来たクリスは、ワシを見るなりニコリと微笑んで恥ずかしがることなく宣う。
その微笑みは正に物語に出てくる王子さまそのもの、並みの令嬢であれば余りのことにパタンと倒れていただろう。
現に周囲に控えている侍女たちの何人から、倒れこそしないもののヒュッと声にならない悲鳴が聞こえた。
いやはや、これは何とも凄まじい、ワシが近くでしっかりと睨みを利かせ、いやいや、見張っておかねば何人のご令嬢が勘違いするか分かったものじゃない。
「さぁ、セルカ、私がセルカの美しさに緊張し会場で恥をかかぬよう、今からエスコートの練習をさせてくれないか?」
「無論じゃ」
実にきざったらしく、しかしよく似合う仕草でクリスが差し出す手をワシは取り、用意されているという馬車へと向かう。
「それにしてもクリスや、あんなセリフどこで覚えてくるのじゃ?」
「ははは、秘密、と言いたいところだけど、まぁ、物語の主人公に憧れるのは女の子だけじゃないってことさ」
パチリとウィンクするクリスになるほどと納得するが、多少は本来の気質もあるだろうとワシは小さく苦笑いする。
「セルカはこう言うのは嫌かい?」
「いや、悪くないの。無言で、実際は照れて行動で示してくれるのも良いが、うむ、分かりやすくてこちらも良いの」
ワシがそういえばクリスは少し考えるように眉を顰め、すぐ傍に居るワシにすら聞こえぬほどの声で何事かを呟くのだった……




