941手間
祝勝パーティを今夜に控え、朝一番から侍女たちの気の入れようが凄い。
ただ爪を磨くだけでも一ミクロンの誤差も許さないとばかりに目に気合いを入れて、正直言ってちょっとこわい。
風呂に入ればクワッと目を見開いて全身くまなく洗いあげる様は、下手をすれば変質者の域に近い。
祝勝パーティに出れぬ侍女にとっては、そこに出る者を磨き上げるのは彼女たちにとって晴れ舞台といっても良いだろうが、ワシに恐怖を感じさせるとは流石に気合いを入れ過ぎでは無いだろうか。
「のう、そこまで頑張らずともよいではないかえ?」
「いえいえいえ、ダメでございます。ご令嬢がドレスや宝飾品で美を競うように、侍女にも自分の担当するご令嬢をいかに磨き上げるかという争いがあります」
ゴシゴシとワシの体をまるで、石像でも磨いているかのように力を入れていた侍女が、クワッと更に目を見開いて力説する。
「王家付きの侍女として誰にも負けぬよう、お嬢様を磨き上げるが我らの使命」
「お嬢様は本来であれば、私どもが一番力を振るえる御髪の結い上げや、お化粧をさせて頂けませんから」
「ですので、こうやって目一杯言葉通り磨き上げさせて頂くのです」
示し合わせたように侍女たちが次々と言葉を紡いでゆくが、石像を磨き上げるその手は止めることは無い。
文字通り全力でワシの全身を磨き上げるものだから、ワシが風呂をあがるころには侍女たちは疲労困憊で、跪きワシを見送っているように一見見える姿で次の侍女へとワシを託す。
湯上りに行われるのは、同じ重さの宝石と同価値の化粧水や香油をこれでもかと使った、ワシをプリザーブドフラワーにするのかとでも思えるほどのマッサージ。
ワシの鼻の良さを考慮して、どれも香りの抑えられた物を使うあたりは流石の配慮と言わざるを得ないが、マッサージをするのに熊を絞めるかのように力を入れるのは何故なのか。
そういえば、マッサージに使う台がいつの間にか木製から石製の変わっていたがこの為なのだろうか……。
それにしても彼女らは何でワシを洗ったりするだけなのに、気合いという意味ではなく文字通りの力を込めるのか。
ワシの肌がそれで赤くなったり傷ついたりすること無いのだが、そもそも体の表面に付いた汚れなどは普通に洗うだけで取れるから、そこまで力を込めてやる必要もない。
「そこまで力を込めては疲れるじゃろう、普通にしてよいのじゃぞ?」
「こう、でも、しないと、お嬢様には効かない気がして」
グッグッグッと力を込めるに合わせて声を途切れさせながら、ワシの背に香油か何かを塗りこんでいる侍女が答える。
ワシもそんな気がしないでもないが、それでも親の仇の首を絞めてるかの如き力は要らないのでは無いだろうか。
確かにワシの体は剣も槍も効かないが、硬い訳では無くその手触りは乙女の柔肌、のはず。
しかし、これだけ力を込められると、もしかしたら乙女の柔肌と思っているのはワシだけで、彼女らには鋼鉄の体のように感じられているのではないかと思ってしまう。
「それにお綺麗だからこそ、それを長く保って頂きたく!」
「あぁ、うむ……」
長くもなにも、もう六百以上この姿なのだが、その気遣いはありがたいので開きかけた口を閉じ、彼女らの好きにやらせようとだらりと体から力を抜くのだった……




