935手間
いやはや、自分の話で人が驚く様を見るのは何とも小気味良い。
「家が全部木で? それは、大丈夫なのかい?」
「大丈夫とはどういうことじゃ?」
「暖炉とかで火事になったり、雪で潰れたりはしないのかい」
「皇国は暖かいからの、暖炉のような大きなモノは無いからの、それに流石に台所なんぞの火を使う所は土壁や漆喰じゃしの。それと雪じゃがこれも暖かいからそう気にする必要もないのじゃ、それに皇国ではないが、雪の多い地域で総木造の家が建っておる所を知っておる、じゃが雪かきをしっかりすれば特に問題は無いのじゃよ、木とは意外と丈夫じゃしの。そうでなければ大雪の日には、そこらの木がことごとく倒れておるじゃろ」
「なるほど……それもそうだね」
横開きの扉や紙が貼られた障子、瓦屋根に火山など、想像したことも無いようなモノたちに、クリスは好奇心を刺激されたようで色々と質問してくる。
といってもワシが知っていることはたかが知れている、しかしそれでも見たことも聞いたことも無いモノというのは心躍るのだろう、クリスの興味が尽きることは無い。
「しかし、何で家を全部木で作ろうと思ったんだろうね」
「向こうに聞けば同じことを聞き返してくるんではないかのぉ、何で家を全部石で造ったんじゃ、とな。まぁ、ワシも詳しいことは知らぬが、単純に周囲に木が多かったからではないかの。元々皇国は多数の獣人の里が纏まって興った国、獣人の里は森の中にあるからの、石より木の方が手に入り易いじゃろうし加工も容易い、里を広げるために木々を伐採する必要もあるじゃろうし、理由としてはそんなところじゃろうな」
「話を聞いていると、実際に見てみたい思いが強くなるな」
「今すぐは無理じゃが、その内見に行く機会もあるじゃろうて、見聞を広めるのは悪いことではないからの。今回の使節団の結果次第では近いうちに行けるかも知れんしの」
「あぁ、そうだね。今から楽しみだ」
随分気の早いことだと、ワシとフレデリックは揃って肩を竦める。
そんなワシらの姿など目に入っていないのだろうクリスは、目を瞑り口元に手を当て皇国の姿を想像しているのか、随分と楽しそうにしている。
「それにしても、クリスがここまで興味を示すとはのぉ」
「セルカ様、見も知らぬ異国の話です、クリストファー様の反応は当然のものかと」
すぐ隣の街ですら、人によっては一生見る事も叶わぬ遥けき彼方の地。
そこで隣国どころか国を跨いだ、杳々たる場所となれば、誰しも思いをはせるは当然か。
「セルカ様にも覚えがあるのでは?」
「ふぅむ、そうじゃなぁ、そうかもしれんのぉ」
フレデリックに言われ思い浮かべるは、見も知らぬ地ではなく、よくよく見知った悠遠なる場所。
思わず思い起こされた街並みに、ワシはすんと鼻を鳴らすのだった……




