934手間
不穏な話をした後だったからか、クリスとしばし他愛のない話に花を咲かせていると、クリスは何か思い出したのかハッとして居住まいを正す。
そして少々バツが悪そうに他愛のない話をしていた時とは打って変わって、話し辛そうに口を開く。
「今更で悪いのだが、使者を送るにあたってもそうだが、これから獣人を上に登用することもあるだろうし、これだけは獣人に対してしてはいけないということは無いかな?」
「ふむ? そうじゃな、その辺りはさしてヒューマンと変わりは無いと思うのじゃ、後はまぁ敢えていうほどのものではないが、耳や尻尾を馬鹿にせんことじゃな」
いや、それこそヒューマンとさして変わりはなく当たり前のことか、人の容姿を馬鹿にするなということのだのだから。
しかしそう考えると改めて聞かれても獣人だからこれはダメと、そう言い切れるようなモノは無いように思える。
ワシら獣人からしたら当たり前のこと過ぎて、ヒューマンからすれば、え? そんなことで? と思われるような事が逆鱗に触れるかもしれないが、それこそこれから過ごしていく内でしか分からない事だろう。
そこまで考えて、それこそヒューマンと何ら変わりないかとワシの中で結論付ける、ヒューマン、獣人、エルフにハイエルフ、どんな種族の者だろうと他人がびっくりするような所に逆鱗があったりするものだろう。
例えば物を食べる順番だったり、朝一番にする行動だったり、そんなこと人の勝手だろうと大抵の者は思うだろうが、違いを指摘したりすると偶に烈火の如く怒りだす者がいる。
「なるほど、それじゃあ逆にそこを褒めればいいのかな?」
「おぉ、そうじゃな。大抵の獣人は耳や尻尾の毛並みやらを誇っておるからの、褒めれば機嫌も良くなろう」
「大抵の、っていうことは、そうでない者もいるって事かい?」
「んむ、そこは獣人じゃからとは関係なかろうの、事故や何やらで耳や尻尾が欠けておったり、とは言えそこもヒューマンとて変わらんじゃろう、見目に分かるほどの傷を負っておる者がそこに触れてほしく無かったりするようにの」
「なるほど、確かに名誉の負傷と誇る者もいれば、恥だと隠したがる者もいるしな」
「そうじゃな」
なるほどなるほどとクリスが何やら楽しそうに納得している横から、フレデリックが私も少々よろしいでしょうかと口を挟んできた。
「なんじゃ?」
「セルカ様は皇国に赴かれたこともあるとの事でしたが、皇国に向かうに当たって何か気をつけるべきことはございますでしょうか?」
「なるほど、そうじゃの、単純なことじゃが薄着を用意することじゃ。皇国は暖かい、おぬしらからすれば暑い地域じゃろうからの、暑さは寒さに比べて対処が難しいからの、向かう道中で徐々に慣らしてゆくのが良いじゃろう」
「確かに……暑いというのが、いまいちよく理解できませんからね、蒸し風呂とも違うのですよね?」
「む、蒸し風呂かえ、それは案外近いかものぉ、何処に行こうと少しぬるめの蒸し風呂の中と考えておけば良かろう。とはいえワシは暑さ寒さにとんと疎いからのぉ、どの程度でおぬしらが音を上げるかが分からぬから、その辺りの裁量は使者として向かう者に無理はせんよう、一任させるが良かろう」
「かしこまりました」
暑さでバテた状態で話し合いをしても、いい結果になりはしないだろう。
ならば、元々時間が掛かるものなのだから、ゆっくりと体を慣れさせる位はした方がよい、急いては事を仕損じるとはよく言ったものだ。
「おぉそうじゃ、皇国で絶対にしてはならんことがあったの」
「絶対にしてはならないこと?」
今までワシとフレデリックの話を大人しく聞いていたクリスが、絶対にというワシの言葉にやや緊張した面持ちで聞き返してくる。
「んむ、靴などの履物をはいたまま部屋に上がらぬことじゃ」
「は?」
クリスだけでなく、一緒に聞いていたフレデリックまでポカンとした表情をするが、これは非常に大事なことだ。
この国ではベッドに上がる時や、体を洗う時くらいにしかくらいしか靴を脱がない。
となれば皇国に向かった使者は、土足で上がるということを確実にやらかすはずだ。
無論、その辺りの文化の違いというものは皇国の人間もよく理解しているところだろう。
禁忌を犯したと怒り狂うことはないだろうが、それでも先んじて知っておくことに越したことは無い。
これは実に重要なことなのだと、未だによく分かってい無さそうなクリスとフレデリックに、少々得意げに土足厳禁以外にもワシは皇国のことを語って聞かせるのだった……




