933手間
フレデリックの手により、如何にも高そうな装飾の施された箱に、晶石に覆われた刀が収められるのを見ながら、クリスがワシに話しかけてくる。
「しばらく返ってこないが、本当にいいのかい?」
「しばらくと言うても一巡りか二巡り程度じゃろ? そのぐらいさした間では無かろう」
正直なところ、紛失したところでそこまで惜しい品でもない、長いこと手元から離したところで喪失感に喘ぐこともない。
品としては二度と手に入らぬ貴重なモノであろうが、ワシからすればそこまで貴重な品では無い。
「あぁ、向こうが刀を譲り受けることを条件にしてきたら、それを渡しても構わぬぞ」
「その可能性もなくはないだろうが、それこそ本当にいいのかい?」
「よいよい、元より奉納された品をワシが譲り受けておるようなもんじゃしの、次の神子がおるならばそ奴に渡した方が良いじゃろうしの」
「それは皇国の風習かい?」
「ん? ぬぅ、何と言うのが正しいかは分からぬが、概ねそんなところじゃろうな」
今まで全く交流の無かった国のことだ、理解できずとも仕方ない。
そもそれを知る為の教師を招くための使者といってもいい、なれば刀一振り程度惜しくはない。
「ワシが行けば一発なんじゃがのぉ」
「流石にそれは、ね? 行くにしても、もっと国交がしっかりと皇国だけでなく、王国とも成立してからじゃなければこの国を離れられないよ、セルカにとっては実感が薄いことだろうけども、ついこの間と言って良い程度前には王国と反目しあっていたんだから」
「ふむ、そういえばそうじゃったな」
「僕も偉そうに言ったけれども実感は無いんだよね、父上が言うにはここ数十巡りの間は本格的な戦はあの一戦以外仕掛けて無くて、せいぜいが小さな小競り合い程度だったらしくて、年寄り以外はついこの間まで戦をしていたということすら知らないんじゃないかってね」
「長い間大きな動きをせんじゃったせいで、戦をしとることすら忘れたというわけかえ」
「そうだね、貴族の中には恨み骨髄に徹すとばかりに代々王国は敵だと言い聞かせている家もあるらしいけれどもね」
「ふむん? そういう家にとっては今の状況は面白くないんではないかの?」
王国と和平を結んだ現状は業腹だろう、そんな奴らはどんなことを仕掛けてくるか分かったものではない。
「実はセルカがこっちに来る前から和平を結ぼうという話はあったんだけれどもね、その結果がセルカもよく知るあの一戦さ」
「ふむ、確かに戦が本格的になってしまえば和平は難しいからの」
「あぁ、だけれどもセルカのお蔭であの一戦はこちらの負けだ、その時に直接動いた家は敗戦の責任を取って……」
そこまで言うとクリスは言葉を切り、自分の首を手刀でとんとんと叩く。
「なるほどのぉ、対立したがっておる家は今は無いということじゃな?」
「ゼロでは無いだろうけども、事に移せるほどの力を持った家は無い、かな。僕はその当時は知っての通り侯爵の所で療養中だったから、全て父上から後で聞いた話で実際の所はどうかまでは知らないんだけどね」
今平和ならばそれでよいと、ワシはクリスの話に鷹揚に頷くのだった……




