92手間
この世界、服飾店という存在自体が高級店扱いなのだが、いま目の前にあるお店はその中でも一等の高級さだ。
歴史を感じさせる佇まい、大抵の店は明り取り兼宣伝用として窓は目線の高さ辺りにあるのだが、ここはそんなもの必要ないと高い位置のみにあり中の様子は窺い知れない。
さらに扉の脇には武装した女性が二人控えている。防犯効果の高そうないかにもな用心棒を置かないのは、婦人用のお店という事を配慮したものだろうか。
「奥様ーお待ちくださいー」
さっさとお店に入ろうとするお母様に、ワシの後ろから突然声がかけられる。
「あら、貴方いたの?」
「いたの?ではございません。ずっと御者台で待機しておりました」
「全く気づかんかった…」
「あ、失礼しました。はじめましてセルカ様。私めは主に日用品の買い出しや、奥様の買い物にご同道させて頂いておりますカーラです。今後セルカ様のお買い物にもご同道させて頂くと思いますのでどうぞお見知りおきください」
「こちらこそ、初めましてなのじゃ」
珍しい黒髪をアップスタイルにした、少々年上っぽい雰囲気の子がワシに向き直り挨拶をする。
「こういうお店は、流石にライニを一緒に連れてはいる訳にはいかないのよね。だからそういう時の為にこの子が居るのよ、今までは私専属みたいなものだったけど、今後は言ってた通りセルカちゃんにも付くからよろしくね」
「いや、ワシは別に一人でも」
「一人だと街中の移動や荷物とかどうするの?彼女は馬車も操れるし便利よ?」
「む、確かに移動はそうじゃが…荷物に関してはワシにはこれがあるからの」
そう言って左腕の腕輪を見せる。
「あー、そうよね。セルカちゃんハンターだから、それ持ってるわよねぇ」
「んむ、ワシのはハンターになる以前から元々持っておるものじゃがの」
「あら、そうなのね。でも買い物のときは彼女を一緒に連れて行って頂戴ね、セルカちゃんもお披露目はまだだけど、貴族の一員になったのだから。面倒な事だけど、体面とかあるからね。私たちの為だと思って…ね?」
「むむむ…そう言われると弱いのじゃ」
「ふふふ、良かった。それじゃお店にゴーよ!」
「あぁ、お待ちください奥様!」
カーラが慌てて先回りして扉を開ける。カランカランとドアベルが鳴り、それを聞いて中から店員が出迎えに来る。
お店の中は外観に違わず落ち着いた雰囲気で、イブニングドレスからウェディングドレスの様な豪奢なもの、ワンピースなどのシンプルなものまで様々な服が飾られていた。
見る限り売り物と言うよりは、デザイン見本のプリザーブドドレスといった所だろうか。
「これはこれはカカルス夫人、ようこそお越しくださいました」
「お久しぶりね、注文の品は出来てる?」
中に入り服を物色するのかと思いきや、早速とばかりに店員にその様な事を言う。
「はい、ワンピースなどのシンプルなものでしたら、既に出来上がっております」
「じゃ、それを出してもらえる?」
「畏まりました」
「よし、セルカちゃんはこっちよー」
お店の人が奥へと消えると、お母様がワシの背中を押して試着室の様な場所へと連れ込まれる。
「お母様?服を見なくても良いのかえ?」
「ふふふ、セルカちゃんの服は注文済みだから大丈夫よ!」
「い、いつのまに」
「セルカちゃんの寸法を計ったでしょ?あの後、ちょこっと走ってもらったのよ」
「なるほど…。確かにワシの場合、買ってすぐ着れるようなものは無いしのぉ」
「それは残念よねぇ、どっちみちここはオーダーメイド専門店だから、買ってすぐって訳にもいかないけどね」
「やはりそうじゃったかー」
「お待たせいたしました」
丁度その時、店員が服が数着乗ったワゴンを押して戻って来た。
「まずはこのワンピースを、こちらは―――」
店員が何々の糸で織った布で作った等々説明しているが、さっぱりわからない。
手にもって説明しているそれは、白地で袖の無いワンピース。
「―なにぶん九本の尻尾、さらにボリュームがあると言う事でしたので、尻尾穴では無くスリットにさせて頂きました」
確かにそのワンピースには、お尻側に腰の上までスリットがある。店員が言うには尻尾をスリットに入れて下の方を紐で縛ってスリットを閉じるらしい。
なるほど、ちょっとした巻きスカート状になっているのか、確かにこれなら尻尾の大きさが多少分からなくても問題ない。
「さぁさぁ、早速着てみましょ。デザインは宝珠が肩にあるし、それ見せたいのかなと思って袖なしにしてみたんだけど…どう?」
「んむ、そのデザインは好きじゃし、袖があると魔手を出すときに破れてしまうからの」
「そう、それはよかったわ。それにしてもいつも袖なしな格好なのはそういう理由もあったのね…それじゃ、今後注文するときは全部袖なしでお願いね」
「いや、そんなに数はいらぬ「だ・め・よ!」のじゃ…」
「はい…」
ポンと手を叩いて、店員に注文を付けるお母様に文句を付けようとするが、かぶせ気味に封じ込まれてしまった。
尻尾のせいでちょっとスリットを閉じるのに苦労したが、カーラの手も借りて着替え終えると、お母様が肩に手を置いて試着室の一角へとワシを回転させる。
「ここのお店にはね、なんと姿見があるのよ!こんどセルカちゃん用のも用意しておくわね」
お母様は自慢げに言うが、なるほど思い返してみれば、今まで全身を映す姿見どころか手鏡すら見たことがない。
鏡に映る自分の姿は、今までパンツスタイルだけだったせいか、スカートにしただけで大人しくなった感じがする。
白いワンピースと言う事もあり、何となくつばの広い麦わら帽子が似合いそうな気がする。
「続きましてこちらは―――」
次に出てきたのは中央のラインにフリルの飾りが付いた白い袖なしブラウスと、コルセットスカート風の巻きスカート。これあれだ、一部の人を殺す服だ。
着た感じワンピースに比べスカートの丈が短く、ニーソックスに合いそうだ。
その後も背中の大きく開いたドレスなどがいくつか出てきて、一通り服を試着し終えた後は採寸地獄が待っていた。
地獄も終わりせっかくなので、来た時の服と買った服はワシの腕輪に収納し、最初に試着したワンピースを着て帰ることにする。
「それじゃ、請求はいつものところにお願いね。それと、今後この子の服も色々お願いするからよろしくね」
「かしこまりました、何時もご贔屓くださりありがとうございます。またのお越しを心よりお待ちしております」
お店を出ると、結構時間がたっていたようでお昼の時間はとうに過ぎていた。
「あら、これじゃお昼はちょっと遅すぎるわね…それじゃちょっと軽く食べて帰りましょうか、この近くにおすすめのお店があるのよ」
「それは楽しみなのじゃ」
「でも、その前にもう一つのお楽しみ、カルンにその服をお披露目しましょ?」
その言葉を合図に、ステップを用意していたカーラが馬車の扉を開ける。
するとそれに気づいたカルンが馬車の中から顔を覗かせる。
「ど、どうじゃ?似合っとるかの?」
「えぇ…すごくかわいいです」
「んふふ、そうか…そうかえ」
手を後ろに回してもじもじしながら聞いてみる。返って来た答えは簡単なものだったが、それだけでワシは上機嫌になる。
「ふふふ、よかったわねぇ」
「んむ!」
「それじゃライニ、これから軽食にしようと思うからいつものお店に」
「畏まりました」
カルンの手を取り馬車に乗り込むと、お母様おすすめの店に向けて馬車が走り出す。
軽食を取った後は髪飾りなどを買ったり、これまたいつの間にやら注文されていたワシの靴などを受け取り、屋敷に帰り着いたのは空が茜色に染まりきった頃になったのだった。




