930手間
アイオとライトを引き連れて宮殿の裏を駆け回り、時にはボールを使って取ってこいなどをやる。
ついさっきまでほぼ野生だったライトは嫌がるかと思ったが、意外なことに最も夢中になったのがライトだった。
アイオよりも一回りほど体格が小さいにも拘わらず、アイオを弾き飛ばしてボールを咥えては、凄まじい勢いで戻ってきて、ワシを押し倒すかのように前足をワシのお腹辺りに当て、さぁ褒めろとばかりに頭をすりよせてくる。
「おぉおぉ、よくやったのぉ。ほれ、もう一度じゃ」
ライトの頭を撫でながらボールを受け取り、ひょいとボールを放り投げれば、ワシの腹に当てた前足で勢いをつけ後ろに倒れるようにしながらも体を捻り、再び凄まじい勢いで駆け出していく。
それにしても、流石野生の狼といったところか、体のバネが素晴らしい。
百八十度体を捻る動きもそうだが、ワシの腹を蹴った勢いなどワシでなければ、後ろに吹き飛んでいたのではと思うほどの威力だった。
「先ほどまでの警戒や怯えは何だったのでしょうか……」
「ま、ワシは大抵の動物には好かれるからの、アニスらの言うことにも従うよう言い含めておくから安心せい」
動きこそ野生の狼を彷彿とさせるものだが、やってることは完全に飼い主大好きな飼い犬だ。
ぶんぶんと尻尾を振りつつボールを追っかける様など、野生をどこかにかなぐり捨ててきたかの様。
それを見てアニスが呆れたように呟くのもむべなるかな、しかし飼い主以外には絶対に懐かない猛犬というのも居る。
その点が心配ではあるが、幸いなことにワシはライトに直接言い含めることが出来るので問題は無いだろう。
「それにしても、ライト様がいらっしゃったということは、森の中に狼の群れが居るという事でしょうか?」
「じゃろうな、ライトは群れから逸れた個体らしいしの。とは言えじゃ、今まで問題にもならんかったし、そもそも森に入る者もまずおらんじゃろうし大丈夫じゃろ」
「その通りでございますね」
ワシが放り投げたボールに近かったアイオが今度はそれを咥えたが、それを寄こせとばかりにライトが顔を横にしてアイオが咥えたボールを咥えて引っ張り合っている。
アイオよりも体が一回りほど小さいというのに、ボールの引っ張り合いが互角に見えるのは、アイオが手加減してるのか、それともライトの力が強いのか。
「ふむ、あの二匹、仲が良さそうで何よりじゃ」
「え? 今にも喧嘩が始まりそうな気配ですが」
二匹とも足を踏ん張ってボールを引きちぎらんばかりの力を込めているように見えるが、険悪な雰囲気はない。
さらに言えば二匹とも低い唸り声をあげているが、それも機嫌が悪くて唸っている訳では無い。
「人に例えるならそうじゃな、力を入れる時に声が出る者がおるじゃろ? あれと同じじゃ」
「な、なるほど……」
口では納得したような事を言っているが、顔にはさっぱり分からないと書いてあるアニスから視線を二匹に戻せば、純粋に負けたのかそれとも嫁に手柄を渡したのか、再びライトがボールを咥えて駆け寄って来た。
またぶつかる様にワシにボールを差し出すライトを撫でてから、受け取ったボールを投げて、これならばこの二匹は安心じゃなとワシは一人頷くのだった……




