928手間
じとーっとした目でアイオの後ろに隠れる狼を見れば、大型犬ほどもある体躯を少しでも小さくして必死になってアイオの更に後ろへと隠れようとする。
「ほれ、何もせんから出てくるのじゃ」
狼と同じくらいの目線になるようにしゃがみ込み、にっこりと微笑んで手招きする。
本当に? とでも言いたげな瞳でアイオの後ろからじっとワシを見ていた狼は、しばらくワシと見つめ合った後に観念したのかゆっくりとワシの前へとやって来た。
まるで叱られるのを恐れる子供のようだな、などと思いながら一歩一歩ゆっくりと動く狼を待つ。
ようやくワシの前へとやって来た狼は、ほんの少し顔を上げワシを見つめるので再びにっこりと微笑んで、ガッと狼の顔を挟み込むように手で掴まえる。
すると狼はキャインッと嘘つきッとでも言いたげに鳴き、ぐりぐりと抜けだそうと体を動かすが、当然ながらワシに掴まれておいて抜け出すことなど出来ず、掴まれた顔に至ってはピクリとも動かせない。
「さてとこれで逃げられぬの。では、まず聞こう、おぬしはアイオの何じゃ?」
キャインキャインとアイオに狼は助けを求めていたが、アイオがくぅんと一声「無理」と鳴けばようやく観念したのか大人しくなりワシの質問に答える。
「ほほう、んむ、やはり番かえ。おぉおぉ、心配するでない、放逐などはせぬ。無論悪さをすれば、その限りではないがの」
「あ、あの? お嬢様?」
狼が聞き取り易いように区切り区切り喋っていると、アニスが戸惑いがちにワシへと声をかけてきた。
傍から見れば一人で喋っている怪しい人だから、アニスのそんな反応も仕方ないといえば仕方ないが……。
「アニスや、ちとまっておれ、今この狼と話しておるからの」
「は、はぁ」
「して、おぬしはどうしたいのじゃ? ここに留まるか、群れの下へ帰りたいか。ふむ? 群れには帰りたくない? 追い出された? そこをアイオに助けられた? ほほぉ、アイオもなかなかやるのぉ」
流石に詳しい理由は分からぬが、群れから追い出され餌も取れずほとほと困ってたところをアイオに助けられたらしい。
アイオも似たような境遇であるし、何か考えるところがあったかもしれないなと思いながら、狼の顔を掴んでいた手を放す。
「そういう事ならば好きなだけここに居るがよい、じゃが、ここに居りたいならば、まずは体を洗わねばの」
「では、すぐにお水を用意いたします」
「む、水では寒かろう、桶を用意すればワシが湯を出そう」
ワシの提案にアニスが答えるのに振り返りながら、それではダメだと指示を出す。
かしこまりましたと頭を下げパタパタと出て行ったアニスを見送ると、仲良く身を寄せるアイオと狼に視線を戻す。
「ではここに住むにはおぬしも名がいるじゃろう。ふぅむ……おぬしもアイオと同じ瞳の色じゃな」
アイオと同じ綺麗な菫青色の瞳、ならば名前は決まったとワシは一つ頷く。
「おぬしは今日からライトじゃ、うむ、番に相応しい名じゃな」
決して安直な名などではない、番ならば対となる名前が良いだろうし語感も近いので呼びやすい良い名前だと、と一人胸を張りふんぞり返るのだった……




