924手間
ワシがやかましいと叫べば、その瞬間ピタリとあれほど五月蠅く響いていた遠吠えが止み、最後に一つ凄まじく萎縮した承知を伝える遠吠えが響く。
「何か静かになった?」
「ふむ? クリスには聞こえぬはずじゃが……あぁ、周りのもんにも効いておるの」
「効く?」
「んむ」
やかましいという叫びに黙れという意思をマナに乗せて吠えた。
それが周囲の騎士や馬たちにも効いているのだ、無論効いたといっても操って動きをなどという訳では無い。
「黙れ、という意思を乗せて叫んだからのぉ。ああ、無論声で人を操るような類ではないからの? 流石のワシでもどれ程マナを込めて叫ぼうともそんな事は不可能じゃ」
魂などに契約という形で何か施されて無ければ、という言葉は音にする前にぐっと喉の奥で堪える。
そもそも契約のやり方を知らないし、何よりそのやり方には……。
「だけど普通にセルカの命令を聞いたとか驚いたとか、その程度の反応では無いと思うんだけれども」
「まぁ、そうじゃな。操るような外道なことはできぬが、ふむ、何と例えればよいか、恩師や厳しかった者などの時が経ってもついつい背が伸びてしまう者の声、とでも言えばよいかの? フレデリックじゃったらそういう者に心当たりはないじゃろうか」
はじめはクリスに聞こうと思ったが、そもクリスの立場では聞くだけで背筋が伸びるような、ついつい反応してしまう叱り方などをする者がいないだろうからフレデリックへと話をふる。
「そう……ですね、最近はお会いする機会がないのですが、準騎士の頃よりお世話になっている方の声を聞くと、思わず背筋が伸びてしまいますが」
「そんな感じのことを強制的に引き起こすもんじゃと思ってくれればよい」
「いまいちピンと来ないけれども、私やフレデリックには効いていない様だけど?」
「当然じゃろう、そう強く使うた訳ではないからの。クリスやフレデリックのようにマナに耐性がそれなりにあって、尚且つワシのマナに慣れておる者には効かぬ」
「なるほど」
そもそも上位者の命令を聞きやすい獣人や、マナに聡い獣でもない限りそこまで効果は無い。
聞いただけでは便利そうな力ではあるが、誰にでも効果を及ぼそうとなったら相手が昏倒する位のマナをぶつけなければならない。
それほどのことが出来るのはそもそも相当力量差が無ければ不可能なので、やり方は乱暴だが普通は殴って言うことを聞かせる方が早い。
一瞬隙を作るくらいならば或いは、だがそれも力量差が無ければ隙すらも作れずいたずらにマナを消費するだけなので悪手だろう。
「しかし将来指揮することがあれば便利そうだな」
「ふむ、確かにクリスの立場であればそうじゃな。やり方は簡単、命令したい意思を持って叫ぶだけじゃ」
簡単だとワシが言った瞬間、クリスとフレデリックはそろっていやそれはない、というような顔になり、ワシはそもそも獣人の技能のようなものなのだから、そうとしか言えぬと唇を尖らせるのだった……




