922手間
ゆっくりと、まずは神前街より行進をはじめる。
神前街は主に平民が多いからか、前方を行く騎士たちに向けてきゃーきゃーと黄色い歓声がそれなりに距離があるというのに聞こえてくる。
男性の野太い声も聞こえるのだが、やはりというか何と言うか、こういう時の女性の声というのは強い、大きさでも力強さでも……。
それにしても騎士たちの人気は凄い、老若男女問わず喉が嗄れるのではないのかと思うほどの歓声があがっている。
その歓声を受けて、騎士たちだけでなく彼らを乗せている馬たちまで誇らしそうだ。
「といった感じじゃのぉ」
「相変わらずよく見えるね、確かに歓声は多少聞こえるけども」
百名以上の大行列、ワシらの出番はまだかかりそうなのでのんびりと馬上より前を行く者たちを観察している。
それにしても神前街の大通りの左右を、ずらりと人々が埋め尽くしている様は壮観だ。
通りの大半を騎士たちの行進が使ってるとはいえ、どこにこれだけの人々が居たのかと驚くほどの人出。
よくよく見れば通りから少し離れた場所の屋根の上から、獣人たちも騎士の行進を眺めている。
彼ら獣人たちは騎士たちに歓声をあげることなく、淡々と行進が過ぎゆくのを見ているが一体何を見ているのだろうか。
「クリストファー様、セルカ様、そろそろ出番でございます」
「あぁ、わかった」
「んむ」
フレデリックの声に意識をこちらに戻し、クリスの隣に立つように馬を並べ近衛たちに囲まれつつ神前街の大通りへと進んでゆく。
ザッザッと見事に足並みを揃え神前街へと踏み入れば、今までの歓声が囁き声だったかの如く、火山でも爆発したかのような大歓声がワシらを包む。
もうこれは攻撃なのでは無いのかと思うほどの大歓声、特に女性陣の歓声が凄い近衛たちは元よりフレデリックに凄まじいまでの歓声が集まり、そして誰よりもクリスが女性たちの歓声を一身に浴びている。
王太子殿下万歳、神国万歳と、街中に響くその声はただの歓声を超え、マナすら込められている。
正に塵も積もれば山となるを体現しているかのようなマナの量だ、しかもそのマナは流れを持ってクリスをはじめ近衛やワシに降り注いでいるのだから、もう苦笑いするほかない。
とは言え苦笑いを見られる訳にもいかない、神前街に入る前から張り付けた微笑みのまま手を振れば、今度は歓声というよりも遠吠えのような大音量の声が聞こえる。
これは屋根などに居た獣人たちの仕業だろう、通りに居る人たちには自分たちの歓声でかき消され聞こえて無いようだがワシの耳にはバッチリと聞こえている。
流石獣人、マナの扱いに関してはヒューマンより優れているのを見せつけるかのように、キッチリと戦いの勝利を喜ぶ感情を載せたマナの遠吠えに今度は苦笑いでは無くワシは笑みを深める。
「うむ、交流など皆無じゃったがこの街の獣人にも祝われておる様で安心したのじゃ」
「え? 獣人たちが居るのかい?」
「んむ、通りから離れておるが屋根の上などにの」
大歓声の中を周囲に笑顔を振りまき、手を振りながらクリスが不自然にならない程度にキョロキョロと辺りを見回し獣人たちの姿を探す。
「あぁ、確かにあんな遠くに」
「ワシら獣人にとってはあの距離は在って無いものじゃがの」
ただ屋根の上という場所にいるからか、弓の射程よりも距離を取っているのは彼らの配慮だろうか。
しかし、今は自分たちの声で聞こえてないからいいものを、もしこれが獣人たちの遠吠えだけだったらヒューマンたちは戦々恐々とするのではないだろうか。
獣人たちの喜びの声を嬉しく思うと同時に、獣人たちの習性などを知らしめるためにワシ以外の獣人を上に付けないとという気持ちを強めるのだった……




