920手間
鎧を脱ぎ、包帯を巻いた痛々しい姿のフレデリックが馬車の中、クリスの前で跪く。
「この度は我々が不甲斐ないばかりにクリストファー様を危険にさらし――」
「それはもういい、それに謝るならば相手が違うだろう?」
フレデリックが手当てを受けてる間にも何度も同じようなことを言うものだから、やれやれと肩を竦めクリスがフレデリックの言葉を遮る。
「セルカ様、この度は我々が不甲斐ないばかりに危険に――」
「はて? 何ぞ危ないことでもあったかの? おぬしは頬を風が撫でたら危ないと慌てるのかえ?」
ことさらおどけるようにふふんと鼻を鳴らし、頬を中指の腹で撫でながらニヤリと口角を上げる。
ワシに傷をつけることを不可能の代名詞にしてもよいくらいだ、犬にかまれた事にしてなどと言うこともあるが、ワシの場合はそもそも噛まれても気付かない。
いや、無論実際に噛まれたら気付く、気付くがわざわざ気にはしない。
「そんな事よりもじゃ、騎士たちは無事なんじゃろうの?」
「はい、先ほどもご説明申し上げました通り、強い者を集中して狙ってきたお蔭で負傷こそすれ死者はおりませぬ」
「なれば何の問題も無かろう、傷が癒えるまでゆるりと休むがよい。クリスもそれでよいな?」
「あぁ、せいぜい少し雪が吹き込んだくらいだからね」
危ないことは何も無かったと、そうクリスが言えばぐっと唇をかみしめたフレデリックが深々と頭を下げる。
フレデリックが下がると再び馬車が動き、ゆっくりではあるが今度こそ止まることなく走り出す。
「全くこの様なことになるとはのぉ」
「大事にならなくて良かったよ、君も怪我はないかい?」
「わ、私如き殿下に気にして頂くほどの……」
「そんな事は聞いておらんじゃろ? 怪我はあるんか無いのかどっちなのじゃ?」
「あ、ありません」
「ならば良い」
未だに涙目の侍女をクリスが気遣うが、逆にますます委縮して目尻に溜まる涙が増える。
侍女だから生き物を捌いたりする訳も無く、獣に目の前で襲われるということも当然あるはずもなく、令嬢の反応としては至極真っ当だろう。
流石にこのまま侍らすのはかわいそうだと、普段より早めに控えている侍女と交代させることにした。
「あぁ言うのも初々しいというのかのぉ」
「さぁねぇ、僕に言えるのは、ああいう反応は女性だからこそ許されると思うんだよね……」
ワシの居ない所で何かあったのだろうか、あまりにもクリスが遠い目をするものだから、何があったのか聞くことも出来ず。
交代の侍女がやってきて、そんなクリスの姿に驚くのを抑える位しか出来ないのだった……




