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女神の願いを"片手ま"で  作者: 小原さわやか
女神の願いで…?
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919手間

 ギィギィと波間を揺れる小舟のような音を立て、ゆっくりと馬車が動き出す。

 外の様子は相変わらずカーテンが不要なほどの大荒れで全く分からないが、馬車が動いたということは何か進展でもあったのだろうか。

 吹雪が収まる気配が無いので矢も楯もたまらず動き出した可能性もあるが、馬も人もワシならばともかく動かねば凍えてしまうだろうし致し方あるまい。

 先ほどから雪の塊でも飛んできて馬車の外装を叩いていたのか、バタンと一際大きな音が響く度に肩をビクリと小さく跳ねさせていた侍女も、隠れてほっと息を吐いている。

 やはり止まったままと言うのは色々と不安になるようだな、などと考えているとドタンと雪の塊どころではない、何か重いものがぶつかった突然馬車の中に響いてき馬車が停止する。

 その音を聞いて、ほっとしていた直後と言うのもあるだろう、ビクンと殊更大きく背中に氷でも入れられたかのように体を跳ねさせる、


「何がぶつかった?」


「わ、私が確認しますので殿下はお座りください」


 腰を上げ何がぶつかったか確認しようとするクリスを震える声で侍女が抑え、恐る恐るといったようすで馬車の扉を開ける。

 その瞬間、開けた扉にもたれ掛かる様に何かがズルリと倒れてきて、侍女が素っ頓狂なひめいをあげる。


「フレデリックじゃないか」


「申し訳ございません、クリストファー様」


 常になく弱々しい声で、フレデリックが呻くようにクリスへ謝罪を述べる。

 ひゃああとフレデリックの様子を確認したらしい侍女がまたも変な声を出すものだから何事と覗いてみれば、フレデリックはボロボロで、鎧に覆われていない部分の服は切れ血が滲んでいた。

 そんな声も姿も満身創痍なフレデリックを心配したのか、馬車を降りようとした侍女の襟を捕まえつつワシは馬車の扉にもたれ掛かるフレデリックの腕を引っ張り、二人を馬車の中へと放り投げるように引きずり込む。


「セル、ッ」


「ふむ、おぬしがフレデリックを痛めつけた奴かの?」


 ワシの名を呼ぼうとしたクリスの声を遮ったのは、勢いよく馬車の中に飛び込こんできた大口を開けたオオカミの姿。

 素早く侍女の襟を放したワシの腕を、飛び込んできたオオカミとクリスの間に滑り込ませれば、目の前に期せずして飛び込んできた獲物にオオカミが喰らいつく。

 侍女の耳を(つんざ)く悲鳴が響く中、フレデリックを放した手でワシの腕に夢中で噛みつくオオカミの首根っこを押さえる。

 当然オオカミはジタバタと暴れるが、ワシに首根っこを押さえられているので足をバタつかせる以上に暴れることは出来ず、ワシに噛みついたままの口から小胆な者なら腰を抜かしそうな唸り声をあげる。


「ふぅむ、オオカミ程度にやられるとはフレデリックや、ちと鈍り過ぎではないかの?」


「面目次第もございません。まさかオオカミどもが我先にと馬上を狙ってくるとは思わず、不覚を取りました」


 飢えているのに圧倒的に狩りやすく食べ応えもある馬ではなく、馬上の者を襲ってきたというフレデリックにワシは眉を顰める。

 野生動物とて狩りを楽しむこともあるだろう、しかし飢えていると思わしき群れにそんな余裕があるはずもない。

 ならば何故、鎧を着込んで馬に比べたら食べ応えの無い騎士を襲ったのか……。

 明らかに労力に対する見返りが少なすぎるだろう、人ですら将を射んとする者はまず馬を射よという言葉が残るほどなのに。


「ふむ、なるほどの。こやつ、魔物じゃ」


 用は済んだとばかりに未だ暴れるオオカミの首の骨を折り、ぽいっと腕に付いた雫を払うかのような仕草でオオカミの死骸を馬車の外へ捨てると、ワシは何事もなかったかのように扉を閉める。 

 そこへ腰でも抜けたのか、何とも間抜けな姿勢で侍女がにじり寄って来る。


「う、腕がお嬢様の腕が」


「あぁ、大丈夫じゃよ、ほれこの通り、服は破れてしもうたが傷一つ付いてはおらぬ」


 目尻に涙をため今にも泣きだしそうな声を出す侍女の頭を優しく撫でながら、赤子をあやすような柔らかい口調で宥める。

 

「しかし、魔物か。それならばフレデリックが不覚を取ったのも致し方ない、か。だがフレデリックでこれだ、他の者はどうなった」


「幸いと言いましょうか、オオカミは真っ先に私を狙ったようで、恐らく先ほどの一匹以外はすべて駆除されたはずです」


 おいおいと遂に泣き出してしまった侍女の頭を撫でながら、ワシはクリスとフレデリックの話を聞く。

 さしものフレデリックも、馬上では四方八方から襲い掛かって来たオオカミを捌き切れず、落馬した所に追い打ちをかけられ、何とか致命傷は避けつつしていたら、たまたまこちらに来てしまい、馬車にぶつかって……というのが先ほどまでの事のようだった。

 

「それにしてもオオカミの魔物か……新しく生まれたとでもいうのか?」


「ん〜そうじゃな、恐らく昔から居ったと思うのじゃ。よく見れば魔石の気配があったが小指の先ほどの大きさじゃろうしのぉ、わざわざオオカミの腹を捌く者もおらんじゃろうし、少々手ごわいオオカミ位にしか思われておらんかったんではないかの? あの程度のマナと魔石では普通のオオカミとさほども変わらぬはずじゃからの。まぁ、じゃがそれならば馬ではなく人を狙ったのも頷けるのじゃ、馬より人の方がマナの量が多いからの、魔物にとってそこは重要じゃろうて」


 豚鬼(オーク)ほどの脅威では無いだろうと、愁眉を寄せるクリスを安心させるようにワシは先ほどのオオカミの印象を語るのだった…

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