917手間
我らが騎士団には慰労として、元々この街に駐在する騎士と兵には戦勝の祝いとして、振る舞い酒が侯爵名義で配られた。
無論理由などしらぬ我らが騎士たちは太っ腹な侯爵に感謝しつつ杯を空け、この街の騎士や兵たちは侯爵の財布に感謝を捧げる。
「のうクリスや、もしやあの侯爵、度々ヘマをしては酒を奢ってるのではないかの」
「あぁ、笑いながら財布に感謝を、などと言ってる時点でそうだろうな」
上が居ればはしゃぎ辛いだろうと、しかし反応は見ておきたいと離れて彼らが酒を煽るのを遠くから見ていたのだが。
そこまで響く笑い声と「財布に感謝を」などの叫び声、十中八九恒例とまでは行かずともそう珍しい事では無いのだろう。
道理で嫡男の手際が良い訳だ、そして笑い話になるほど奢っているのならば、なるほど侯爵が慕われる訳だ。
「まぁ何にせよ喜んでおるようじゃし、よしとするかの」
「これから結界の境に入るし、騎士たちにも良い息抜きとなったろうね」
「んむ、そうじゃな。結界付近で何ぞあっても、ワシは何も出来ぬからのぉ」
「んんん? それは一体どういう事だい?」
様子は確認したと踵を返し宛がわれた部屋へと戻ろうとしたところで、初耳だとばかりにクリスが驚く。
その反応に、はて、言うておらんかったかの? とワシは首を傾げる。
「あの結界の仕組みはさっぱりわからぬが、マナの流れを如何こうしておるのは確実じゃ。単純に壁の役割をしておるだけかもしれぬが、どちらにせよかなり複雑で大規模なことが行われておる、そこでワシが何ぞしてみよ、碌なことにならぬのは確実じゃ」
「うぅん、ちょっと想像がつかないな」
「最悪、結界の内か外か、それとも両方が吹き飛ぶとかありそうじゃのぉ」
「そっ、それは困る、いや、困るでは済まないな」
「じゃから、まぁ、ワシの力を当てにせぬようにな。そもワシの力を当てにするような事態が起きた時点で結界が無事では無いとは思うがの」
「すごく、不安になることを言わないでくれるかな?」
「気構えの話じゃ、気構えの」
ワシがわざわざ言わずとも、騎士たちが元々ワシに頼らぬ様にと動いてるのは知っているのでそうもん……、いや、これ以上考えるのは止めておこう。
「こう言うのは何と言うんじゃったかのぉ、ふらぐぅじゃったかの」
「それは、何なんだい?」
「何と言えば良いんじゃろうなぁ、こう、戦の前に結婚するとか告白するなどと言えば死ぬとか、ステーキを残して戦いに出ると死ぬとか、そんな感じのことをふらぐというらしいのじゃ」
「随分物騒な言葉だけど、確かに騎士たちの間でも、腑抜けたことを言う者は怪我をするなんて言われてるね」
「じゃろう? じゃから、騎士たちには悪い事をしたのぉ」
「え? あ、あぁ、もう言っちゃってるねセルカ」
一瞬どういう事だという顔をしたクリスであったが、ワシの言わんとしてることを理解したのだろう。
クリスは天を仰ぎ何も無ければ良いのだけれど、と呟くのだった……




