914手間
熱心な聞き手と適当なお酒さえあれば、舌というのは驚くべきほど滑らかになる。
といっても熱心に聞いているのは侯爵ただ一人、他の面々は興味が無いというよりもよく分かってない故にその様に見えるようだ。
侯爵が言うにはこの家は代々文官寄りの家系らしく、侯爵のようにたまに武官寄りの者が産まれるらしく、どうやら他の者たちは奥方含め文官寄りのよう。
戦場、もしくは大人数での戦いを知らねばワシや侯爵の言うことも、その殆どが理解できないか想像が出来ないのだろう。
人間だれしも知らない事は想像できない。
「雷を放つ魔導具、実に厄介ですな。雷故に避けることも不可能、小国群の者たちがその様な物を作り出していたとはぞっとしない話ですな」
「それこそ雷に打たれて思い付いたのかもしれんのぉ。抗う術の無い者には実に恐ろしい代物じゃが、兵器としてみれば欠陥兵器もよいところ、そう恐れるものでもなかろうて」
「弓の曲射よりも短く、味方が前に居たら確実に誤射するので撃てない、なるほど役立たずですな」
「んむ、砦などに籠ればなかなか有用かも知れぬが、杖や投石機で遠くより壊せば、やはり恐ろしくはないからの」
「いわゆる初見殺しというやつでしょうか、対処法を知らねば脅威ですな」
元騎士だけあってその手の事はある程度分かるらしく、うなずいたりなどしている。
さてそれでは続きをとワシが口を開きかけたところで、おずおずとだがしっかりとした声で侯爵夫人が口を挟んできた。
「お祝いの席なのですし、血なまぐさい話はその位にしては如何でしょうか?」
「ふむ、確かにそれもそうじゃな」
「祝いの席だかこそだろう? 流れた血を赤い果実酒になぞらえて――」
納得するワシとは対照的に何事か言い募る侯爵であったが、すぐ横でじっと見つめる侯爵夫人の瞳に、うぐっと言葉をつまらせる。
「しかし、戦の帰り、この様なことは滅多に、いや、二度と無いだろう、なれば……」
「えぇえぇ、そうでしょう。ですが、この領からも応援の騎士は出したのでしょう? なれば彼らから聞けばよろしいでしょう。それよりも、殿下にお話したいことがあったのでは?」
「おぉ、そうだったそうだった」
今まで見てきた貴族の家では、はっきり言ってしまえば夫人というのは当主の添え物だった。
美しければそれでよいとばかりに、隣でニコニコとしているばかりで自分の希望を言うことなど滅多に無い。
しかしここでは違うようだと思っていると、言いくるめられた侯爵が先ほど戦の話を聞いていた時とは別の笑顔でワシらに向き直り口を開く。
「実は、畏れながらも殿下にお願いしたき儀が御座いまして」
「ふむ、聞くだけ聞こう」
何とも胡散臭くなった笑顔にクリスも警戒したのか、僅かに眉を寄せて侯爵の言葉の続きを促すのだった……




