912手間
肩を叩き一声かけるだけでは、それをやられた本人しか反応できなかったのだろう。
侯爵以外の侯爵家の面々は何が起きたのか分からず、しきりに首を傾げている。
「セルカ、いまいち良く伝わって無いようだよ」
「ふぅむ、確かに今の技を使えずとも知らねば、凄さは分からぬか」
確かにワシも縮地を教わった時は使えばぶっ倒れる、瞬間移動は憧れるがただのネタ技として、教える人が笑ってたものだ。
ワシ自慢の子らであるカイルとライラも、習得自体は出来たが実用するには危険と判断したくらいのもの。
幾ら相手の背後を一瞬で取れようとも、その場で倒れたり疲れ果てては後に続かぬと、最初にこの技を編み出した人は一体何を考えていたのやら……。
とまれ、ワシの物言いでこれが技術であると気付いたのが、一人何が起きたか理解していた侯爵だ。
「今の移動法、私も使えるという事か!?」
「うむ、使えるかどうかで言えば使えるのじゃ、しかし、使えぬとも言える」
「それは一体どういう。いや、これは失礼いたした、どういうことでしょうか?」
侯爵は言葉遣いが荒くなったことに気付き、ゴホンと咳払いしてから改めて丁寧な物言いでワシに訊ねてくる。
「剣と一緒じゃ、技術として理解してもそれを使えるかどうかは別問題じゃろ?」
「えぇ、確かに。ではどうして使えないかお聞きしても?」
「んむ、今のは『縮地』という技なのじゃがの、これを扱うにはかなりのマナが必要なのじゃ。一歩進めば膝をつき、二歩進めば横たわる、そのくらいマナを消費するのじゃよ」
「な、なるほど、確かにそれでは使えませぬな。おや? ですが特に疲れておられるようには見えませぬが」
「それこそがワシの凄さよ。人を遥かに超えるマナの量、ワシの身体能力の何もかんも、全てそこに集約されておると言っても良いじゃろう」
驚天動地の力業、ゴリ押しの極致。
魔手の能力も、その莫大なマナに支えられてこそだ。
「あぁ、ぜひとも一つお手合わせを、と言いたいところですが、妻から歳を考えろと止められておりましてな」
「それが賢明じゃな」
はははは、と乾いた笑いの侯爵であるが、矍鑠とは言えヒューマンの中ではそれなりに歳を取っている。
手合わせをして腰でも痛めでもしたら事だ、さして医学も発展しておらずそれが原因で亡くならないとも限らない。
流石にそんな事で恨みを買いたくは無いので手合わせは諦め、戦の話と縮地の話でワシの強さを推しはかってもらう他ないと、ワシもやや乾いた笑いをこぼすのだった……




