911手間
晩餐にやって来たワシらを迎えたのは矍鑠とした侯爵とその奥方である、嫋やかながらも芯の強そうな侯爵夫人。
仲良く連れ添う姿は正に理想の夫婦といったところ、慇懃に礼を取る後ろに居るのは嫡男夫婦とその娘。
嫡男は軍人然とした父親に似ず母親に似たのか、線の細い文官のような印象だ。
その嫡男の奥さんは、ピンと背の伸びた一輪の花を思わせる、二人並んだ様は美男美女といったところか。
そしてその二人の娘は当然美しく、パーティがあれば男どもがこぞって花束片手に愛を語りそうな、受け取った花々に負けぬほどの咲き誇る美貌。
侯爵が孫娘を溺愛するのも頷ける。
「コレとは似ていないでしょう? 元々我が家は線の細い者が多い家系でして、私が――」
「父上、殿下をご案内せねば」
「おっとそうだったな。失礼いたしました殿下、ではこちらへどうぞ」
バンバンと息子の背を叩きながら話す侯爵を、たたらを踏みながら窘める息子。
侯爵は申し訳なさそうに頭を下げると、自ら案内役を買って出る。
そしてつつがなく晩餐の会は進み、お酒で随分と舌が滑らかになったところで侯爵が切り出してきた。
「ところで殿下、戦は如何でしたかな? ご快勝とお聞きしておりますが」
「あれは中々に恐ろしいものだな、私は後ろで見ているだけだったというのに、な」
「殿下が後ろで見ていて下さったからこその勝利でしょう、私も当主でなければ馳せ参じたものを……」
そう言って、侯爵は本当に悔しそうに顔を歪める。
「私は元々騎士でしてな、貴族としての義務ではなく終生騎士として国に仕えるものと思っておりましたが、上二人が病気で急死し何の因果か三男であった私に当主のお鉢が回って来まして、泣く泣く侯爵家当主として今まで国に精一杯貢献してきたつもりですが、この歳になり国の大事に駆けつけれぬ悔しさを味わうとは」
「よい、その気持ちだけでも嬉しく思う。それにだ侯爵、来ていたとしても貴君に活躍の機会は無かったと思うぞ?」
「それは一体どういう?」
「言っただろう、私は後ろで見ているだけだったと、相手を、いや、敵軍をほぼ一人でセルカが倒したからね」
自慢げにクリスが言うものだから、ワシもつられてふふんと胸を張る。
「確かに、ご活躍したとお聞きしましたが……」
対する侯爵は困惑気味だ、それもそうだろう一人で軍団を退けるなど普通は信じられない。
戦えば一発で理解できるだろうが、既に夜も更け何より今はそういう気分でもない。
「流石に一戦、という訳にもいかんしの。ちと食事の途中で立つのははしたないのじゃが、余興とでも思うてくれ」
そう言ってワシはお酒のグラスを置いて席を立つと縮地を使い、侯爵の背後へと回りその肩を叩く。
当然反応できない侯爵は、驚くことも出来ずヒュッと喉を鳴らす。
「どうじゃ?」
「驚いたであろう?」
侯爵にどうだと声をかけ、再び縮地で元に戻ると席へと座りニヤリと笑いかける。
「え、えぇ、まだまだ若い者には負けないと思っておりましたが、よもやどう動いたのすら見えぬとは私も衰えました」
「なにワシが相手じゃ気にすることではない」
ようやく反応が追い付いたのか心底驚いた様子の侯爵に、ワシは若さも衰えもで大丈夫だと再びニヤリと笑うのだった……




