910手間
ようやく神都までの道のりで最後の街にたどり着いた、といってもまだ神都までの道程は数日ほどかかるが……。
この街の領主は何とかいう侯爵で、婚約披露のパーティでも会ったらしいのだが、ワシは名前を聞いても顔がとんと思い出せない。
フレデリックによればこの何たら侯爵とやらは野心家ではあるが真っ当な向上心の持ち主で、高位の貴族だけあって冷徹で非情な部分もあるが、貴族にしては珍しくストレートに物事を行うそうだ。
名前も顔も覚えてない奴ではあるが、ストレートに物事を進めたがる気質、ワシは好きだ。
「他に何ぞかあるかの?」
「そうですね、やはりといいますか侯爵はご高齢なのですが、嫡男の下に孫娘が一人。未だ嫡男には跡継ぎとなる男児が居ないので、孫娘は嫡男には疎んじられているそうなのですが、その分侯爵が溺愛しているそうで、自分の認めた者以外の誰にも嫁へやるものかと公言して憚らないそうです」
「ふぅむ、溺愛のぉ……。我が儘放題し放題というやつかの?」
どうも溺愛された令嬢と聞くと高慢で我が儘な、というイメージがある。
その点、ワシの娘であるライラは溺愛したにも関わらず真面目に育ってくれた、うむ、ワシの育て方が良かったのだろう。
「いえ、その分は嫡男に厳しく躾けられたそうで、祖父の爵位に見合った気位の持ち主ではありますが、同様のマナーも持ち合わせているそうです」
「ふむ、それを聞いて安心したのじゃ」
そうやたらに物語の悪役みたいなのが居ても困るし、そうなれば家の恥だろうからまともな所ならばあり得ぬ話か……。
侯爵が挨拶に来る前にフレデリックから相手のことを聞き、ワシはふむふむと頷く。
その後やって来た侯爵の挨拶を受けるがおかしなところはない、強いて上げるならば老いてというには少々まだ若そうであるが、年相応のしなびれた体ではなく、貴族というよりもどちらかといえば叩き上げの引退軍人といった様子だ。
確かにその姿から、詳しく喋らずともストレートに物事を運びたがる気質と言うのが分かる。
挨拶の内容は正直判を押した様な定型文で、せいぜい後日招待する晩餐で戦の話を聞かせていただきたいと希望したくらいでよく覚えていない。
「戦の話、ねぇ。その時はセルカに任せるよ、僕は後ろで見てただけだしね」
「将と言うのはそんなもんじゃ、ワシが出とる時点で戦術も何も無いしのぉ、来た、見た、勝った、じゃからのぉ?」
「あぁ、正に僕から見たらそんな感じだね」
侯爵が帰った後、クリスと二人でそんな風に話す。
ともかく、ワシから見た侯爵は見た目通りの真っすぐな気質で、ワシとしても嫌いではないヒューマンだ。
まるで事前に言うことを指定されてたかのような挨拶の後に戦のことを聞く、恐らく同じヒューマンより獣人の方が話が合うのでは無いだろうか。
「明日の晩餐は退屈せずにすみそうじゃ」
「セルカはね、僕はどんな顔していればいいんだい?」
「全体を見た感想でも言えば良いのではないかのぉ? それに侯爵が戦の話に夢中になるのであれば、侯爵が溺愛しておるという孫娘を推されることも無いんではないかのぉ?」
「だが侯爵の嫡男夫婦も来るのだろう? 流石に彼らが話に入って来るんじゃないかな?」
「嫡男に後を継がせておったらそうじゃろうが、流石に現当主の話を割って、侯爵が誰にも渡さんといっておる娘の縁談を話すかのぉ」
「ふむ、確かに、それもそうか」
やはりクリスも遠まわしとはいえ縁談を勧める話に辟易していたのか、ほっとしたような顔をする。
それを見てワシも今回は純粋に、料理やお酒を楽しめそうだと頬を緩めるのだった……




