909手間
神都に近づくにつれ治安は良くなりいよいよ魔物の出現も少なく、ワシらの道程を妨げるものも無く実に順調だった。
しかし、神都に近づくにつれ街も大きくなり、大きくなった街にはそれに相応しい貴族が領主として街を預かっている。
男爵、子爵ならば向こうが挨拶に来るだけ少し余裕のある家はその日の軽い夕餉に招待くらいなもので、さして煩わしいこともなく騎士たちの短い休暇が終われば出発だ。
だが侯爵、伯爵ともなるとそうはいかず、挨拶からの翌日の晩餐への招待、そして戦の話を聞き妙齢の令嬢が居る家は、さり気なく第二妃へと推してくる。
流石にワシが傍に居るからか、あからさまに推してくることは無く、本当にさり気なく一族を紹介する流れでといったものばかりだ。
娘自慢、孫自慢にかこつけてなのでワシやクリスも咎めることも出来ず、表面上にこやかに流すしかない。
それにしても何故……。
「孫はお陰様でこの巡りで無事成人を迎えまして――」
「娘は若く器量よしですが、この辺りでは丁度よい殿方がおらず――」
「私はこの通りの歳ではございますが、父が後妻との間に随分と歳がいってから出来た子でして、異母妹ではありますが私にまだ子供が居ないせいか目に入れても痛くないほどかわいがって――」
などなどと直接、遠回りに関わらず特に伯爵以上の者たちが令嬢の若さを強調してくるのだが、何なんだろうか。
確かに男は若い女が良いと聞く、しかし見目だけならばワシの方が令嬢たちよりも若々しいので、それをクリスに強調したところであまり効果は無いと思うのだが……。
そも貴族の女性は比較的長い間若々しさを保つので、現に今異母妹を紹介している何たらという侯爵の奥さんは四十過ぎの侯爵と同い年らしいのだが、異母妹と並べば似てないことを除けば姉妹に見える程の容姿だ。
「兄としても伯爵としても、妹には殿下のような立派な方に嫁いで貰いたい、しかしこの広大な神国を見回しても殿下に比肩しうる歳の釣り合う方など居ないのが、実に口惜しい」
拳を握り力説する姿は正に妹バカとでも言うべきか、キラキラとした熱の篭った目でクリスを見つめる件の令嬢は実に可愛らしく、伯爵が力説するのも頷ける容姿だ、彼女の隣に立つには男側もそれなりの容姿を求められるであろう。
確かにクリスならば彼女の隣に立とうとも翳りの無い、いや一層輝くだろう。
「そうですか、私も妹のことでそんな風に悩むことがあるのか、話を聞くと心配でなりませんね」
クリスは伯爵に対し、笑顔を張り付けたままでそんな風に返すほか無い。
クリスの場合、きっと私以上の人が見つかりますよという常套句が使えない、何せクリスは王太子、王太子以上の男って陛下しか居ないじゃないか。
それに加えて容姿も性格も能力も兼ね備えている、居るとすればカルンくらいなものだろう、ただカルンは……。
クリスから断れないとなればワシから言うしか無いのだが、流石に直接結婚を打診されてないので断るにしても確実に角が立つ。
だからと言って不満そうにしていては余裕が無いみたいでなんか嫌だ、だからワシも表面上はニコニコと話を聞くほかない。
流石に王太子を招待するだけあって、何処の家だろうと晩餐の食卓は豪華で舌を唸らせるものばかり。
だが何処に行こうと気疲れの方が強く、神都に帰りつくまでこれが続くのかと、ワシは久方ぶりの疲労をひしひしと感じるのだった……




