908手間
雪も小降りで風も弱い、決して良いとは言えない天候だが順調な道行は端的に言ってしまえば暇だ。
とは言えそれを嘆けば、今までのことを考えれば面倒くさいことになるので、暇を甘受するか面倒くさいことに頭を突っ込むか、実に悩ましい。
外を眺めながらそんなことを考えていると、クリスがごそごそと自分の懐を漁りワシに何かを差し出してくる。
「これ、返しておかないとね」
「む、それはクリスにあげたものじゃからな、そのまま持っておくがよい」
クリスの手の平に乗っていたのはワシが渡した魔貨。
差し出されたその手を、ワシは両手で包むようにクリスの手を握らせそっと押し返す。
「貴重なモノ、なのだろう?」
「だからこそ持っておいて欲しいのじゃ」
そんなワシらのやり取りを、馬車に同乗している侍女が見ない様に見ない様にとしながらも、チラチラと横目で伺いニヤニヤと口元が緩むのを必死に我慢しているのが見える。
侍女が常に傍に居ることは全く気にしない、しかし今の場面を興味深げに見られるのは少々こっぱずかしい。
ワシは慌てながらも不自然に急いだことを気付かせないように、名残惜しいがクリスからそっと離れる。
「さてと、この後は神都に行くまで特に何もないのかの?」
「いや、道中立ち寄る街で領主が居るところでは、毎回挨拶する必要があるからその分遅くなるかな」
「ぬぅ、面倒じゃのぉ。向こうが挨拶にこんのは不味いが、こちらが挨拶に行かぬのは別に問題ないのじゃろ?」
「あぁ、クレスター子爵が例外なだけで、普通は向こうがこちらに挨拶に来るんだよ、流石にそれは拒めない。挨拶を受け取らないということは、拒否された側に何か問題があるのだと思われてしまうからね」
「ふむ、確かにそうじゃな」
クリスの言う通り、挨拶を拒否されれば仲が悪いのかと周りに思われる。
お互い痛くもない腹を探られるのは嫌だろうし、これも社交という奴かと諦めることにする。
「それに、騎士たちの休憩も兼ねているからね、全員が入れる街を逃す手はない」
「あぁ、そうじゃな、それは重要じゃな」
自分自身が疲れないからよく忘れるが、動けば疲れる、至極当然のことだ。
もちろん騎士たちは倒れる寸前まで酷使される訳では無く、かなりの余裕を持って動いているが、それでも疲労と言うのは蓄積されるもの。
だからこそ大きな街でゆっくり休む必要があるのだと、何でこんな事で感心してるのだろうという顔を、クリスと密かに侍女から向けられるのだった……




