906手間
最低ひと月はミドルが帰らないと知り、クリスの態度が軟化するかと思ったがそんなことは無く、結局出立の日までワシはほぼ部屋から出られない生活を強いられてしまった。
それも今日まで、荷物を纏める侍女やそれを運ぶ騎士や使用人たちを尻目に、ワシはゆっくりとお茶を啜る。
お茶の為に一人侍女がワシに付いているが、既に数日前から少しずつやっていたらしいので問題は無い。
今更そんな事に気後れするほど初心でも無し、のんびりと出立の準備が整うのを待つことにする。
「お嬢様、王太子殿下が御出でに」
「む? クリスがかえ?」
荷物を外に持ち出した侍女がパタパタと戻ってくるなりワシにそう告げる。
バタバタと騒がしいという程ではないが、それなりに人が忙しなく動いているところに来るとは、珍しいなと思いながらもクリスを迎え入れる。
今まで忙しなく動いていた者たちは、ピタリと動きを止め慇懃にクリスへと礼を取る。
「私の事は良い、君たちは先ほどまでの仕事を続けなさい」
「かしこまりました」
クリスの一声で再び侍女たちは荷運びを始めるが、心なしか先ほどよりも静々とお上品に進めてる様にも思える。
「クリスの方はもう準備は終わったのかえ?」
「私の方も似たようなモノさ、居ても居なくても同じだからね」
「それもそうじゃな」
むしろいた方がやり辛いのではと思うが、その言葉はそっと胸の内に仕舞っておく。
「して何か用があったんじゃろう?」
「用事、という程のものでもないけれどね、セルカはもう一度あの男に会いたいかい?」
「あの男? ミドルの事かえ?」
「あぁ、そうだ」
やけに固い口調で聞いてくるモノだから、何かあったのかとも勘繰ったがクリスの口から出た言葉に、ワシは何だそんな事かと軽くクリスへと微笑む。
「全く、既に興味も無いの。確かにあやつの力は目を見張るものがあったが、ワシからすれば童の中に優秀なのが居ったから褒めたに過ぎぬ」
「そうか」
「それに獣人の間でも相手が居る者にちょっかいを掛けるのは眉を顰める行為じゃ、いくら見どころがあろうとそんな輩とはワシも関わるのはごめんじゃな」
「そうかそうか」
ワシとしては既に気にもしてなかったが、明らかに上機嫌となったクリスの反応を見てこの言い方で良かったかとほっとする。
クリスは意外と嫉妬深い、かわいい面でもあるがワシも色々と気を付けた方がいいなと、お茶を啜りながらニコニコ顔のクリスを眺めるのだった……




