904手間
ミドルの妄言と隊長のある意味余計な気遣いの後、クリスのワシへの独占欲の発露ぶりは凄まじかった。
今までワシに悪意を向けちょっかいを掛けてくる者はいたが、ワシを横から掻っ攫おうなどという不届き者が居なかったのもあるだろう。
そもそも、王太子殿下の婚約者と知って尚、掻っ攫おうなどと考える者が一体どれ程いるのか。
王太子という存在が何か知っていれば、婚約者を挿げ替えようと画策したり二番手、三番手に潜り込ませようとくらいはするだろうが。
大方ミドルはおうたいし? 俺の方が強い! とそれだけ考えているのかもしれない。
基本的に変わり者でもない限り、獣人は強い者が色んな意味で好きだ、理想の人? 自分より強い人、というのを冗談でもなんでもなく言うのが獣人という種族。
だからといって、自分の方が強いからと人の婚約者を掻っ攫おうなどとすれば非難轟々だが。
三者合意の上で、婚約者をかけて決闘となれば問題は無いのだが、今回の場合盛り上がってるのはミドルのみ、ワシとクリスはそれを受け入れることは無い。
それでも決闘を吹っかけてくる可能性は十分あるのだが、多分隊長はその事を知っていたのだろう、だからこそ即調査隊に編入させ出発させたのだ。
「暇、じゃのぉ」
「ですがお嬢様、愛されてる証拠かと」
「えぇえぇ、本当にお羨ましい」
侍女三人娘のうちの二人が、ほけっと椅子に座るワシにお茶やお菓子を用意しながら、恋物語でも読んだかのようにほうっとした表情でうんうんと頷いている。
クリスが独占欲を発露した結果、ワシはこの街から出発するまでの間、ミドルは居ないというのにほぼ部屋への軟禁状態となってしまった。
護衛は常より増やしワシが部屋と部屋の間を移動する際は、騎士以外をその道中から排除するという徹底ぶり。
フレデリックは、王族の婚約者ならば当然の対処ですと言い切る始末、確かに婚約者という存在は立場ある男からすれば弁慶の泣き所だろう。
排除して自分の娘や息のかかった者を後釜に、などというのは物語の悪役の行動としては定番中の定番だろう。
恋物語であればクライマックス、そうでなくとも盛り上がるところ、しかし残念なことにクリスの弁慶の泣き所は、重装甲重火力を備えた不落要塞。
一時期、体の不自由なか弱い深窓の令嬢と化していたが、二度とあのようなへまはしないし陥ることも無い。
ワシに二度同じ手は通じない、とは言えあのことを知っているのは極々一部、しかもワシの養父エヴェリウス侯爵の手の者ばかりなので、恐らくその辺りも大丈夫だろう。
「そういえば、調査の方はどうなっておるかおぬしら聞いておるかえ?」
「申し訳ございませんお嬢様、順調ということ以外は私は……」
「えぇ、私も、少々お待ちください、すぐに聞いてまいります」
「んむ」
侍女うち一人が、パタパタと優雅にそれでいて早足で部屋の外で待機する騎士に話を聞きに行く。
実に働き者な侍女はすぐに戻って来た、流石にこの短時間で報告を受けたなどというのは不可能であろうし、断られでもしたのだろうか。
「お嬢様、騎士の方々も詳しいことは知らないそうで、今詳しい者に話を聞きに行っているところでございます」
「ふむ、そうかえ、わかったのじゃ」
まぁ確かに、盗賊団のアジトが移動しているとかでもない限り、これからこの街を離れる者のに調査中の不確かなことを話す訳もないか。
兎も角、この調査結果次第ではクリスが出発を急ぐ可能性もある、ワシとしてもあの後どうなったか知りたいところではあるので、仔細までとはいかずとも詳しい話が欲しいと、聞きに行った騎士をのんびりと待つのだった……




