902手間
朝というには少々遅い時間、さりとて昼と言い張るにはまだ早い時間。
貴人用だという部屋で、ワシとクリス、それぞれ豪奢なややクリスの方が華美な椅子に座り、目の前で跪く隊長から報告を受ける。
「準備が整いましたので、暁天の頃、騎士と兵、混合の調査隊を盗賊団のアジトへと送り込みました」
「そうか、ご苦労だった」
「はっ!」
じっと床の傷でも数えているかのように顔を下げたままの隊長から、要約するまでもない実に簡素な報告を聞き、クリスがそれに仰々しく答える。
正直それだけの為にこれ程の場が居るか? と思うのだが、ワシらと隊長の間あたりの壁際で立つフレデリック曰く、必要な事だとか。
そもそも直答を許されているだけ、かなり隊長の待遇は良いのだとかなんだとか。
まぁ、そんな面倒なことは置いておいて、ちょっと気になっていたことをワシも聞くとしよう。
「ところで隊長や、ミドルの様子はどうかの?」
「はっ、救護室に運ばれた後、少しして目を覚ましまして、特に問題が無いようでしたのでミドル率いる班も、今朝出発させました調査隊に編入させました」
「ふむ、なかなかに頑丈なようで何よりじゃ。しかし、あれはおぬしの手駒の中で最強なのじゃろう? それを壊滅しておる盗賊団の調査なんぞに送ってよいのかえ?」
「お言葉でございますが、最強だからこそ、でございます。エヴェリウス侯爵令嬢の仰っておりました森は、我々の間では黒いオオカミと呼ばれる森でございまして、その言葉通り獣のオオカミとは違う黒いオオカミが出るのでございます」
「ふむ、黒いオオカミというのは知っておる。いや、むしろ叩き潰しその原因も潰した、そうフレデリック辺りに言ったとは思うのじゃが?」
「はい、確かにお聞きしました」
ちらりと横目でフレデリックを窺えば、深々と頭を下げてフレデリックが答える。
「その点については疑ってはおりませぬ、ですが黒いオオカミは我々が産まれる前から伝わっている、子供の躾にも使われる話で現に少なくはありますが今も被害はあります、ですので兵たちの士気を保つためにも送ったのです」
「ふむ、確かにそうじゃな。広そうな森じゃ、原因が一つとも限らんしの」
「はい」
隊長の声音からはかなり沈痛なものを感じる。
ワシが考える以上にこの街の者にとってオオカミの魔物は恐ろしいモノなのだろう。
「黒いオオカミと言うのは魔物の一種。ふむ、そうじゃな、豚鬼などの上位の存在とでも思っておけばよい、あれの気配が無いのはあの森に漂うマナと同種の気配をしておるからじゃ。種が割れれば他愛ない児戯じゃが、ワシとてはじめは噛みつかれる直前まで気付かんかったくらいじゃ。じゃが、その漂うマナはなるべく払ろうておるからの、ここに居るおぬしには気晴らしにもならぬ話じゃろうが、万が一黒いオオカミが残っておっても前よりは随分と分かりやすいはずじゃ、そも、まだワシのマナが残っておるじゃろうか普通の魔物よりもマナに敏感な奴らは近づきもせんじゃろうて」
「いえ、気晴らしなどと……私どもの憂いを晴らしていただき、御高恩に拝謝申し上げまする」
彼の立場上、ワシが大丈夫だと言えばそう答えるしか無いだろうが、むしろ聞いた話だけでまるまる信じるのは隊長としてどうだろうと思うので彼の行動は正しい。
ワシが一人感心していると、次に隊長の口から零れ落ちた言葉にワシとフレデリックは唖然とし、クリスからは剣呑な雰囲気が立ち昇るのだった……




