89手間
お母様の真剣な表情に知らず知らずのうちに唾を飲み込む、気づけばお父様やお兄様二人までこちらを真剣な顔で見つめている。
「セルカちゃん、貴方は教会の信者では無いわよね…?」
「う、うむ」
その言葉を聞いてお母様は残念そうな、がっかりしたかの様な顔に一瞬なりその表情に胸がチクリと痛む。
「実はカルンとセルカの事をどこから聞きつけたのか物言いが入ってね。貴家は代々皆敬虔な信者のはずだ、なのになぜそこに信者でもない者を身内に入れるのかと…そういう訳だ。全てのものを等しく受け入れるのが我らの教えなのに、全く以って嘆かわしい…。本来であれば一笑に付すのだけれど、言ってきた相手が貴族では無いもののそれなりに力のあるところでね、どうしたものかと考えているのだよ」
お母様に代わりお父様がなぜそんな事を言ってきたのか説明してくれる。貴族では無いという言葉とその内容にピンとくる。
多分これは貴族になれなかった人達の嫌がらせなのだろうと…なんでもいいから貴族を叩ければいいのだ。
言ってきている内容を考えるに今回の解決法は簡単ワシが改宗すれば良いだけ。前世も元々宗教には無頓着な民族の出だ、気にする事でもない。
ワシの転生に神が関わっている以上そのお伺いを立てなければいけないかもしれないが、この世界の人々が信じている女神様とワシの知る女神さまはおそらく同じ存在。なれば何の問題もない。
「では、ワシが教会の信者となれば何の問題も無いのであろう?」
「それが一番ではあるが…いいのかい?強制的に考え方を変えろと言っている様なものだが…」
「ワシの知っておる女神さまと教会の言う女神様はどうやら同じ存在のようじゃしのぉ…それに代々皆敬虔な信者なのじゃろう?じゃったらワシ一人だけ家族と違うのは寂しいしのぉ」
「セルカちゃん!」
先ほどまでの真剣な表情はすでになく、感極まり両目に光るものを湛え手を組んでいるお母様がそこにいた。
そこまで感動するものかと思いつつも、ふと至極単純な疑問が湧き上がってくる。
「教会の信者となるにはどうしたらよいのじゃ?」
「それは簡単だよ、教会で祝福を受ければいい。本来であれば同時に名も貰うのだが、既に名があるからね。セルカという名が誰にも与えられてなければそのまま名を貰い、この先世界樹に還るときに名を返せばいい。既に誰かがセルカの名を貰っていたなら、どちらか先に世界観に還った方が名を返した時に、存命のセルカが名を貰えばいい」
「なるほど、特に難しい儀式も無さそうで安心なのじゃ。しかし名を授けたかなど分かるものなのかえ?」
「名が刻んである石碑はハイエルフの里にあるのだけどね、各街の教会はそれを閲覧できる遺物を所持しているからすぐにわかるんだよ」
ハイエルフの里にサーバーがあって、教会はそれにアクセスできるタブレット端末を持ってるって事か…。
「それじゃ、さっそく今日行きましょう!教会に行ったついでにお買い物しましょうね!護衛は…ライニだけで良いわね、あとカルンもいらっしゃい。本来ならセルカちゃんにも護衛を付けたいところだけど下手な護衛より強いわよね?」
「護衛がどのような手練れなのか分からんし、何とも言えんのじゃが?」
首を傾げるとお母様はそれもそうねと手を叩く。
「それでは奥様、私めがセルカ様がどの程度お力を持っているのか見させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「そうねライニ、それがいいわね。私も話にしか聞いたことが無いし、どんな風なのか気になるわ。この際だし、カルンも一緒にどの程度魔法の腕を上げたか見てもらいなさい」
「ふむ、確かにギルドから上がってくる情報でしか知らんな」
「そうだね、私達も見ようか」
結局家族全員でワシとカルンの実力を見る事となった。
ライニの案内で敷地内にある、普段はメイドさんなどの内護衛の役目を持つ人が利用している修練場へと移動する。見た目はちょこっと狭い運動場の様な所だろうか。
「流石にお怪我をされては問題ですし、そもそもセルカ様は二等級と言う事で実力は折り紙付き、今回私共が見たいのはお力でございます」
そう言って修練場の中央付近にある何体かのカカシを指さす。あれをぶん殴れと言う事だろう。
「まずはカルン坊ちゃんがあれにお得意な魔法をお願いします。なのでこちらを」
「わかった。それじゃ行くよ、『アイスボルト』!」
ライニから受け取った杖を掲げ魔法を発動させると、カルンの目の前に出現した数本の鋭い氷柱は狙い過たずカカシに命中し、その上半身を吹き飛ばして地面へと着弾し小さなクレーターを作る。
「すばらしい、以前見た時よりも発動スピード、本数、威力、命中精度全てにおいて比べるのも烏滸がましいほど向上されてます」
「すごいわ、カルン!こんなにも成長していたのね!」
「ふむ、カルンは今までの時間を無駄にはしていないようだな」
ライニは如何にも感慨深いと言った声音で何度も頷き、お母様は今にも飛び上がらんばかりに喜んでいる。
お父様は顎に手を当てしきりに頷いて、お兄様達は二人全く同じ動きで驚いていた。
「それでは次にセルカ様、得物は何をご用意いたしましょう?」
「ん?大丈夫じゃ、必要ないのじゃよ」
右手を魔手にしてライニへと見せる。
「そ、それは…」
「これがワシの得物じゃよ」
「その右手が…私も噂でしか聞いたことが無かったがすさまじいな」
「セルカちゃんの手がおっきくなっちゃったわぁ…」
カルン以外驚き、遠巻きに見ているメイドさん達の息を呑む音も聞こえてきそうなほど静かになる。
「見た目はこんなじゃが邪悪なものでは無いからの、安心するのじゃ」
なにせ女神様からもらったものだからね。
「はっ、申し訳ございませんセルカ様、何分その様なものは初めて見ましたので言葉を忘れておりました。それではできるだけ全力でお願いします」
「あっ!セルカさん!」
いち早く我を取り戻したライニの言葉に慌ててカルンがワシに声をかける。
「分かっておる、軽く振るだけじゃよ」
「セルカ様?全力を出していただかなければどの程度か…」
「では行くのじゃ!」
ライニの言葉を遮るように声を出し一瞬でカカシの下に飛び込むと膂力だけで腕を振り抜く。
純粋に力だけで振り抜いたそれはカカシを支えていた棒だけを残し消滅させ、振れていない地面すらも抉り取る。
「っとまぁ、こんなもんじゃの」
表情すらなく固まっているライニ達の下に戻るとやはり最初にライニが口を開く。
「今のは全力…」
「ではないの、技どころかマナすら腕には籠めておらんしの」
「では…技を使いマナを全力で籠めた場合はどのような…?」
「そうじゃの…そこらへん吹き飛ぶんじゃなかろうか?」
そう言ってカカシの先…街の方を指さす。
「カルン…坊ちゃん?」
「えっと、全力かどうかは分からないけど、この家より大きい屋敷を真っ二つにはしてたよ?」
ライニは信じ難いと言う驚愕の表情を張り付けたまま、カカシとワシを交互に見ている。
「ライニ」
「はっ、旦那様申し訳ありませぬ」
「よい、気持ちは良くわかる。それでどうだ?」
「力に関しましては文句無し…いえ、これに何かを言うのは不可能でしょう、規格外すぎます。動きに関しましてもこの距離を一瞬と言っていいほどのスピードで詰めています故、驚愕と言う他無いかと。彼我の距離を一瞬で埋めることの出来うるスピードに加え必殺の一撃、これでまったく全力でないとしましたら…もし襲撃なぞしてくる者が居ましたら、それは襲いに来たのではなく自殺しに来たと言うべきですな」
「噂は本当だったか…セルカよ!」
「ん?なんじゃお父様」
「ふ、お父様か…。その力、我らの…いやカルンの為だけで良い。全力で振るってくれるか?」
少しニヤけたお父様はすぐに表情を引き締め問うてくる。
「もちろんじゃ!家族の為じゃからの!」
その問いにワシも胸を張って応える。そう家族…その為ならばワシはがんばれる、この世界で初めて生まれたワシだけの理由。




